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【識者の眼】「『創業は易く守成は難し』医学・医療の継承に思う」早川 智

No.5148 (2022年12月24日発行) P.60

早川 智 (日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授)

登録日: 2022-11-28

最終更新日: 2022-11-28

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娘や息子が中学・高校生になってからは、自分自身の世界を持つためか父親とはあまり話をすることはなくなった。しかし、長女が大学院生、長男が研修医になった現在、新しい論文の紹介や結果の解釈、統計処理の妥当性などで話をする機会がまた増えてきた。40年近い昔、同じ産婦人科医、細菌学者だった亡父に大学や学会で見聞きした新しい知見や治療法を話し、論争を吹きかけると父が嬉しそうに笑っていたことを思い出す。私の仕入れてきた最新? の診療方針を取り入れることもあれば、帝王切開の術式など慣れた方法をそのまま続けたこともあった。歴史は繰り返すというが、子どもたちが私の知らない新しい情報を持ってきてくれることは実に有り難いが、評価が確立しないと実地診療に使えないという点で父の気持ちがやっと理解できた。実際、私が研修医から若手医局員時代に注目された治療法で後に有効性が否定されて廃れていったものも少なくない。

筆者の家は江戸時代中期から続く医家であるが、父も祖父も曾祖父もさらにその前も、若い医学徒は大学や研修先で新しい知識を持ち帰って先代と診療方針の違いを討論したに違いない。そして、新しい知識を地域医療に取り入れていったのだろう。その意味で、能楽や茶道などの伝統芸能や、陶工や漆器蒔絵など伝統工芸の家とも重なるところがあるのではないかと思う。要は代々同じ仕事をしながらいかに先代を超えるかである。

唐朝初期の名君太宗と家臣との対話を記録した『貞観政要』で最も有名な言葉に「創業は易く守成は難し」がある。原文では皇帝から家臣への質問で、答えはいずれも難しいという意味であるが、後年この部分のみ独立し、先代の仕事を継承した場合、いかにこれを発展させるかが重要という意味になっている。医家など直接の血のつながり以外にも、あらゆる医学領域で医局、研究室で教わった師匠の診療や研究方針を受け継ぎながら自分の独自性を加えて弟子に伝えて、さらに改善していくことで医学・医療の発展が続いていくのである。

早川 智(日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授)[医史]

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