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【識者の眼】「言葉の力」神野正博

No.5130 (2022年08月20日発行) P.64

神野正博 (社会医療法人財団董仙会恵寿総合病院理事長)

登録日: 2022-08-01

最終更新日: 2022-08-01

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2月24日、ロシアがウクライナ領土に突然攻め入った。これを紛争というのか、戦争というのか、侵攻、侵略なのか。歴史はどうであれ、現行の世界の秩序の中で他国に攻め入り、領土を分捕るといった道義に悖る暴力行為は、最も強い言葉として「侵略」だろう。

また、7月8日、奈良市内で街頭演説中に男に狙撃され、安倍晋三元総理大臣が亡くなった。社会の秩序を暴力で変えようとするテロは「蛮行」である。

一つひとつの事象を、人間は言葉で表す。言葉にはそれが持つ意味だけではなく、ニュアンスを強く表す力がある。だから私たちは、物事の本質を適切に表現するために言葉を選ぶ。もしかすると、これは語彙の多い日本語に付与された特権かもしれない。

しかし、それでも日本語の語彙は増え、一部は消えていく。2018年に第7版に改訂された『広辞苑』では、新たに自撮り、スマホ、アプリ、ツイートなどに加え、限界集落、健康寿命、再生医療、新型インフルエンザなども追加されている。さらに、最近の若者言葉では、ゴン攻め、はにゃ?スパダリなど、何のことやら、ほとんどクイズのような言葉が飛び交っている。これら言葉に力が宿っているのかは知る由がない。

医療安全の領域では、事故と有害事象という言葉がある。この2つの言葉の責任の強さ、過失の有無は知るべきだ。To Err Is Human(人は誰でも間違える)の考え方からすれば、有害事象の責任は問うべきではない。しかし、それが免罪符となっていないか。有害事象をきちんと報告し、事故につなげない努力をすることによって許されるものではないだろうか。

また、日常診療の中でICという言葉がごく普通に使われる。Informed Consentの意味は、「説明して納得して同意してもらう」だ。ICという略語を本当にこの意味で使っているのか。言葉の本質に迫ってほしい。

さらに、KYTに至っては、「危険(K)予知(Y)トレーニング(T)」と聞いてひっくり返った。DPT(Danger prediction training)ならいざ知らず、KYTに何の力も宿ってないことは確実だ。

私たちは、言葉に秘めた思いをきちんと理解して日本語を使おう。それが、祖先に対しても言葉そのものに対しての畏敬なのだ。

神野正博(社会医療法人財団董仙会恵寿総合病院理事長)[事故][有害事象][IC][KYT]

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