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【識者の眼】「ひどく泣くことが感情失禁ではない」上田 諭

No.5113 (2022年04月23日発行) P.60

上田 諭 (東京さつきホスピタル)

登録日: 2022-04-07

最終更新日: 2022-04-07

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大学病院を含めた総合病院で、医師と看護師によく誤って用いられている医学・看護用語の代表に「感情失禁」がある。

どの診療科でも、患者の年代を問わず、何らかの理由でひどく泣いたり号泣したりすることを「感情失禁」と表現することが非常に多くなっているようだ。精神科に対して、「感情失禁が多いのでメンタルの診察を」とリエゾンコンサルテーションの依頼が来ることもある。その場合、どうしてそんなに泣いたのかについて、周囲も納得できる理由があることがほとんどだ。泣くことだってあるだろうと思える理由があれば、それは感情失禁ではない。単なる感情の高ぶりである。

感情失禁とは、脳出血や脳梗塞、脳損傷など脳器質性疾患のある患者が、その障害によって、通常感情が大きく動くようなことではない小さな原因によって感情が高揚し、泣いたり笑ったりすることを指す。本来泣き笑いするほどのことではないにもかかわらず、そうなってしまうからこそ、感情の「失禁」なのである。悲しくつらい理由があって号泣するのは、「失禁」には当たらない。また、同様の患者が通常なら感情の動くことのないささいな刺激で泣いたり笑ったりする現象も、「強迫泣き」「強迫笑い」として知られている。

本当は感情失禁ではない状態の患者に対してその用語を用いるのは、医学的にも倫理的にも問題というほかない。誤用は、全国の医療現場に広がっている可能性がある。人の命と尊厳を扱う医療現場には、当然ながら正しい医学・看護用語が必要なのである。

なお、感情失禁は器質性障害による現象であり、一般に精神科的に問題視し修正しなければいけない状態ではない。ただもし、生じてくる感情の高揚を本人が苦痛に感じることがあれば、向精神薬による対症療法が必要な例も出てくるかもしれない。

上田 諭(東京さつきホスピタル)[医学・看護用語]

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