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【識者の眼】「ナルシシズムという心理学的なテーマの難しさと重要さ」堀 有伸

No.5107 (2022年03月12日発行) P.58

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2022-03-01

最終更新日: 2022-03-01

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ロシアがウクライナに対して軍事的な侵攻を行うという驚くべき事態が発生しました。その被害が最小限に収まることを祈るばかりですが、大きな混乱が生じてしまうのは避けがたい状況のようです。ここに至るまでには、複雑な事情の積み重ねがあったに違いありません。心理的な問題の専門家としては、「独裁者」となったロシアのプーチン大統領の自尊心、言い換えるならば「ナルシシズム」の問題に注目したいと思いました。

ナルシシズムはナルキッソスという、水面に映った自分の姿に惚れ込んで動かなくなってしまった人物のことをふまえた心理学用語です。ナルシシズムに病理的な脆弱性がある場合に、「他人から自分がどのように見られているのか」ということに異常に影響されるようになります。表面的に冷静さを装ったり、逆に傍若無人の振る舞いを示すこともあるでしょう。しかし内心では、他人の中の自分についての好ましくないイメージを払拭したいという思いでいっぱいになっています。ロシアの指導者で言えば、かつて自国の一部であった国々が西側の価値観を好む振る舞いを見せていること、相対的な自国の地位が低下していること、自らの加齢などの事態を思い知らされる経験を繰り返したのかもしれません。その痛みのために、強い焦燥感にとらわれていた可能性があります。

ナルシシズムのテーマが重要なのは、これが感情を動かす力がきわめて強いからなのです。人間は様々な欲求不満を経験し、その度に怒りや悲しみなどの否定的な情動を経験します。その中でもナルシシズムの傷つきが生じる体験、つまり自分が望まない自分の否定的なイメージを他者から突きつけられることによる欲求不満は、他の場合と比べて、最も強烈で攻撃的な情動を引き起こします。普段は感情的になることが少ない人であっても、ナルシシズムの傷つきによる怒りや羨望にとらわれてしまうことがあるのです。その場合、自分よりも弱いと感じた対象に否定的なイメージを投影し、それに破壊的な行為を行うことで自分の強さと完全性のイメージを再建したいという誘惑にとらわれやすくなります。もちろん、このような感情的な行動は、現実的に報われることはありません。そのほとんどが、周囲からの信用がさらに低下する結果に至ります。しかし、他の種類の欲求不満を強く感じることが少なくなっている現代社会では、ナルシシズムの問題の重要性が高まっています。

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[プーチン大統領]

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