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【識者の眼】「『備えよ常に』、自然災害と感染症」早川 智

No.5103 (2022年02月12日発行) P.64

早川 智 (日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授)

登録日: 2022-01-26

最終更新日: 2022-01-26

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全世界がCOVID-19パンデミックにある最中、南太平洋トンガ沖の火山噴火と津波の報道を聞いて思い出したのが、ルネサンス時代のフランスの作家フランソワ・ラブレー(François Rabelais)の「不幸は一つで済まない」(Un malheur ne vient jamais seul.)というの箴言である。今回の噴火が気候や農産物、水産物に及ぼす影響はまだわからないが、数百年に1度という報道が本当ならば憂慮すべきものがある。

実際、西暦535〜536年の地球寒冷化は、おそらくはインドネシアのクラカタウ火山の噴火によるもので、地球の平均気温は約2℃低下したという。大した事はなさそうにも思えるが、農産物の減少は東ローマ帝国の弱体化とイスラムの勃興、中南米のマヤ文明、ナスカ文明の滅亡、中国では五胡十六国の騒乱、日本では古墳時代末期の騒乱の原因となり、天岩戸伝説はこれを暗喩するものという説がある。

感染症領域では6世紀の中東からヨーロッパではペストが流行し、名君と言われたユスティニアヌス帝による東西ローマ統合の妨げとなった。日本を含む東洋では天然痘が流行し、同時に救済としての仏教が日本に伝来したという。最近では1964年にアラスカで発生した大地震による津波で、熱帯地域に分布するCryptococcus gattiが北米大陸北西部沿岸に侵入して小規模なエンデミックを起こし、2010年ハイチを襲った大地震の後にはコレラが流行した。この流行は、救護活動にあたった国連の南アジア出身の兵士から広がったということで非難されたが、国際的な善意に基づく活動であるだけに非常に苦しいところである。

東日本大震災後にも想定されたインフルエンザや急性食中毒の小規模流行に加えて、津波で巻き上げられた土壌真菌Scedosporium吸入による肺炎や中枢神経の炎症が報告された。筆者も含めて普通の医師は診たこともない疾患だけに、確定診断と治療薬の選択は困難だったであろう。

必要以上に危機感を煽ることは望ましくないが、すべての診療科の医師が今後生じえる様々な医療や社会の問題を想定し、対策を練らねばならない。半世紀前、制服に憧れて体験入隊したボーイスカウトで最初に習ったのは、創立者である英国の退役軍人Robert Stephenson Smyth Baden-Powell卿の「備えよ常に」(Be prepared)であるが、危機管理の要諦としてこういう時こそ肝に銘じなければならない。

早川 智(日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授)[危機管理]

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