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【識者の眼】「反ワクチン運動の源流」早川 智

No.5057 (2021年03月27日発行) P.58

早川 智 (日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授)

登録日: 2021-03-12

最終更新日: 2021-03-12

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わが国でも新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンの接種が始まった。3月9日現在、全世界で1億3000万人が罹患し、260万人余が生命を失った現状を考えると、ワクチンによって世界の多くの人々が集団免疫を獲得するのがコロナ前の社会に戻る唯一の道である。一方では、ワクチン忌避論がSNSを中心に広まり、因果関係不明の有害事象をマスコミが報道する。現在、実用化されたワクチンは人類が初めて経験するmRNAあるいはDNAワクチンなので、怖がる心理は理解できなくもない。しかし世界に先駆けて、全国民接種を始めたイスラエルでは感染者、重症者、死亡者はともに減少しており、効果が危ぶまれた変異型ウイルスにも有効性が認められた。わが国でも流石に、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がそもそも存在しないとか、コロナはただの風邪とか、挙句の果てはワクチンにはマイクロチップが入っていて、どこかの政府が5Gの電波で被接種者をコントロールするといった被毒妄想に電波妄想が加わったようなデマは下火になってきた。しかしながら、未だに根強いのはDNAあるいはRNAワクチンが被接種者の遺伝子に組み込まれるという噂である。

時は昔、1796年に、牛痘にかかった乳搾り女が痘瘡に罹らないことに注目したジェンナーが種痘を始めて患者は激減した。我が国では嘉永2(1849)年、オランダ人由来の痘苗を佐賀藩藩医、楢林宗建が同地の貴賎男女に広く接種。幕府は神田お玉が池に種痘所を設置、江戸末期には全国で広く種痘が行われるようになった。民衆に医学知識のない当時、牛からとったものを人に注射すると牛になるといった迷信が広まったが、佐賀藩主鍋島閑叟自らが最愛の嫡男淳一郎に接種させることで噂は解消した。淳一郎は長じて侯爵鍋島直大となり明治日本の発展に尽くした。先に種痘の始まった英国でも、19世紀まで牛痘を注射すると、牛になるという迷信が広くはびこったが、21世紀の現代になっても、ワクチンを注射すると、DNAに組み込まれて自己免疫疾患や癌、はたまた不妊になるといったデマを流す人がいるので笑えない話である。もちろん、あらゆるワクチンの通例として副反応が絶対ないとは言えないので十分な情報提供の上で、本人の了承を得て接種することになる。筆者自身、日々、SARS-CoV-2の実験を行い、また疑いも含めてCOVID-19患者さんに接することからできるだけ早く受けたいと思う。わが身のみならず愛する家族と教え子、同僚や患者さんを守るためである。

早川 智(日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授)[医史][新型コロナウイルス感染症]

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