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【識者の眼】「出生前診断を巡る日米の事情の違い」岡本悦司

No.5039 (2020年11月21日発行) P.63

岡本悦司 (福知山公立大学地域経営学部長)

登録日: 2020-11-09

最終更新日: 2020-11-09

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私事で恐縮だが、私の子は米国で出生し、妊娠中に羊水穿刺検査を受けた。高齢出産だったこともあり、妻に病院からそのような検査が受けられるという説明があり、妻の希望で受検したのだった。病院側の説明では「妊婦が35歳以上の場合は、羊水穿刺のような出生前診断について説明することは米国では事実上病院の義務」ということだった。費用はむろん全額自費で1500ドルくらいだったと記憶している。私は産婦人科専門ではないが、米国医療に関心はあるので、それを機会にいろいろ調べてみた。

米国の病院が妊婦に必ず出生前診断の説明を行うのは、わが国とはかなり異なる事情がある。わが国では、出生前診断は選択的中絶をめぐる優生思想の観点から議論されている。しかし、米国では専ら訴訟対策にあるようだった。もし妊婦に出生前診断の選択肢を説明しないまま障害児が生まれた場合、たとえ分娩そのものに過失がなくても医師は天文学的な賠償責任を負わされるからだ。米国において中絶は大統領選挙の争点にもなるほど国論を二分する問題である(反面、わが国では、出生前診断に伴う選択的中絶は問題となっても、中絶そのものの是非は議論にならない)。しかしながら、出生前診断をめぐっては、中絶の是非以前の「患者の知る権利」としてとらえられていたのが興味深かった。ちょうどわが国で「母体血清マーカー検査に関する見解」(厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断に関する専門委員会、1999年6月)が公表された頃で、その中で「医師は妊婦に対し本検査の情報を積極的に知らせる必要はなく本検査を勧めるべきでもない」と強調されている。この文言は、米国のような訴訟多発がわが国にも波及することへの警戒と予防線と読み取ることができる。

それから20年以上たつが、幸い米国のような出生前診断をめぐる訴訟多発には至っていない。逆に、新型出生前診断(NIPT)の出現に伴って、優生思想もからむ議論になっている。我が子の場合、結果は陰性だったが、受検前に遺伝カウンセリングを受けておくべきだったのだろうか。

岡本悦司(福知山公立大学地域経営学部長)[優生思想][患者の知る権利]

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