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【識者の眼】「妊娠を受け入れる女性を支えるために」中井祐一郎

No.5030 (2020年09月19日発行) P.62

中井祐一郎 (川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)

登録日: 2020-08-18

最終更新日: 2020-08-18

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女性にとって、妊娠は待ち望んだ喜びであるとは限らない。例え、妊娠を意識した性の営みの結果であるとしても、妊娠・分娩は個々の女性の生活を大きく変化させる。所謂「専業主婦」が多数派であった時代では兎も角も、今では多くの女性が就業し、そして自らの、そして家族の生活を支えている。子を育てることへの漠然とした不安は許より、仕事ができなくなること…あるいは業務内容や収入に変化が生じることによる具体的な不安は多々あるだろう。ジェンダー論から語れば、女性の「キャリア形成」の問題となるが、自ら働くことで生活を支える女性にとって、妊娠によって惹起される経済的問題は重要である。

2018年度の診療報酬改定では、「妊婦加算」と「ハイリスク妊産婦連携指導料」が新設された。初診時の自己負担額が230円であった前者はすぐに凍結されたが、千円紙幣一枚の使い道を熟慮しなければならない彼女たちには加算は理解不能であろう。批判に対する反論として、「薬剤の副作用に対する配慮」や「特定疾病の増加(尿路感染症)や診断困難性(虫垂炎)」などが挙げられていたようだが、前者は妊娠女性でなくても常識であり、特定の身体状態における問題は妊娠女性に限るものではない。また、「ハイリスク妊産婦連携指導料」は精神療法を実施している妊娠・産褥女性を対象とするが、精神療法を必要とする妊娠女性には前述の経済的問題がより重く圧し掛かってくることが一般的であろう。私の外来には、心を病む妊娠女性が数多く来られている。これらの女性の語りを看護・助産師や社会福祉士とともに聴くことは勿論、行政の保健師や地域の福祉事務所との情報のやり取りを緊密に行っている。これらは当院にとっては一定の負担となるが、その費用負担を求めるには彼女たちは経済的に脆弱すぎる。彼女たちの妊娠・分娩を扱う医療機関を政治が支えるのならば、保険診療とは別の枠組みで考えて頂かなければならない。

中井祐一郎(川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)[女性を診る]

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