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【識者の眼】「難病で妊娠中のフィリピン人妻を心配する日本人夫の本音」南谷かおり

No.5027 (2020年08月29日発行) P.62

南谷かおり (りんくう総合医療センター国際診療科部長)

登録日: 2020-08-11

最終更新日: 2020-08-11

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当院の産科を訪れた30代のフィリピン人妊婦と日本人の夫。二人ともフィリピン在住だが、妻の病気が自国では分からず、日本で受診したところ混合性結合組織病(mixed connective tissue disease:MCTD)と診断された。MCTDに関しては、日本では特定疾患治療研究事業に指定された医療費公費負担の対象疾患でもあるため、諸外国より認知度も高い。妊婦は現在ステロイド内服中であり、妊娠継続はリスクを伴うため他院から当院に紹介されてきた。

診察には英語の医療通訳者が同席し、医師は妊娠継続におけるリスクや最悪の場合は母子ともに危険が及ぶ可能性についても説明した。MCTDのガイドラインによると、重篤な症例においては悪化すると有効な手だてなく死に至る可能性があり、軽症でも致命的になる危険もあることから、妊娠の継続には慎重な妊娠経過観察と出産計画が必要となる。夫は妻の病気を理解し悲痛な表情だったが、患者である妊婦自身は自国の常識から、中絶など念頭にないようだった。フィリピンでは母体に危険が及ぼうとレイプであろうと、いかなる場合でも中絶は殺人とみなされ法律で禁じられている。その背景にはカトリック信仰があり、避妊、人工授精も公には認められていない。以上から、医師は患者に「出産を強く希望するなら、言葉も通じ習慣や考え方も同じである自国に帰ってフォローすることをお勧めします」と結論付けた。

ところがこれに夫が反論し、そこで初めて当院に来た真の目的が明かされることになった。実は日本人である夫は妻を失うかも知れないフィリピンの現状を受け入れられず、でも中絶しろとも言い出せず、専門医から中絶を促して欲しかったそうだ。しかしインフォームドコンセントの最終決定権は患者にある。今回、妻の決心については確認できたが、夫は現実を突きつけられ気落ちした様子で診察室を後にした。その後、どうなったかは不明である。

南谷かおり(りんくう総合医療センター国際診療科部長)[外国人診療]

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