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急性脳炎(成人)[私の治療]

No.4984 (2019年11月02日発行) P.40

大西健児 (鈴鹿医療科学大学看護学部看護学科教授)

登録日: 2019-11-02

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  • 厚生労働省(以下,厚労省)は「感染症法に基づく医師の届出のお願い」で,急性脳炎を「ウイルスなど種々の病原体の感染による脳実質の感染症である。炎症所見が明らかではないが,同様の症状を呈する脳症もここには含まれる」と定義している。これによれば,病原体の直接的な侵襲以外に,感染後に起きる急性散在性脳炎(acute disseminated encephalomyelitis:ADEM)やインフルエンザ脳症のような脳症も含まれると考えられる。さらに上記の見解に従えば,狭義では急性脳炎はウイルスなど種々の病原体の感染による脳実質の感染症であると考えることも可能である。厚労省によれば,急性脳炎の臨床的特徴として,多くは何らかの先行感染を伴い,高熱に続き意識障害や痙攣が突然出現し持続する,としている。
    急性脳炎は適切な初期治療を受けることができるか否かが,患者の予後に大きく影響する神経学的緊急疾患である。

    ▶診断のポイント

    代表的な症例では,発熱がありその後に言動や行動異常(精神症状),さらに意識障害や痙攣発作がみられる。なお,精神症状は半数以上で認められ,発熱に先行して精神症状が出現する症例もある。意識障害は意識清明とは言えない程度から昏睡状態まで,また,幻覚,錯乱など意識変容を伴う症例まで様々である。脳実質の感染症では,病原体を脳組織から分離すれば確定診断できるであろうが,実際の臨床現場において現実的ではなく,最近は病原体の遺伝子〔単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus:HSV)やヒトヘルペスウイルス-6(human herpesvirus 6:HHV-6),トキソプラズマ原虫のDNAなど〕を髄液から検出することが行われるようになった。また,病原体の種類によるが,髄液や血清を用いた急性期と回復期の抗体検査も行われている。

    頭部MRIも診断の手がかりとなる。その例として,代表的な急性脳炎であるHSV脳炎では頭部MRI検査で,早期から片側の側頭葉に病変が認められることが多い。しかし,MRI検査で病巣が認められなくても,HSVによるものも含め脳炎を否定することはできない。

    ▶私の治療方針・処方の組み立て方

    免疫能に障害を有しない人に,脳実質の障害を起こし急性脳炎症状をきたす病原体として,わが国ではウイルスが主と考えられている。その中でもHSV,水痘帯状疱疹ウイルス,HHV-6,サイトメガロウイルスには有効な抗ウイルス薬が存在し,前2者ではアシクロビル(ACV),ビダラビンやホスカルネットが,後2者にはホスカルネットやガンシクロビルが有効と考えられている。発症前は健康であった人が発熱さらに意識障害あるいは精神症状を呈し,髄液検査所見やMRI検査所見から,場合によっては臨床症状のみからウイルス性脳炎が疑われれば,原因病原体が不明の段階であってもHSV脳炎であった場合を考え,高感度ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction:PCR)法(nested PCR法やreal time PCR法)で行った髄液のHSV-DNA検出結果を待つことなく,可能な限り早期にACVの投与を開始する。つまり,脳炎が疑われるすべての患者に原則としてACVをできるだけ早期に投与する。原因が判明した脳炎の症例では,ウイルスであればHSVが多いこと,HSV脳炎に対しACVの有効性が確立していること,HSV脳炎では治療が遅れると死亡あるいは重篤な後遺症を残すこと,がその理由である。

    ACV投与開始後,髄液のHSV-DNAが高感度PCR検査で陽性と判明すれば,そのままACV投与を続行する。発症後2日以上経過した時点およびその2~3日後に採取された髄液のHSV-DNAが高感度PCR法でともに陰性であり,意識状態が改善傾向にあり,MRIでHSV脳炎を示唆する所見がなければ,ACV投与の中止を考慮してもよい。

    頻度は低いが,わが国からもACV耐性HSV-1による脳炎が報告されている。ACVを投与しても改善せず,髄液のHSV-DNA量が上昇すればACV低感受性あるいは耐性HSVによる脳炎も考え,ACVに他剤(ホスカルネットやビダラビン)を併用する。特殊な脳炎として,造血幹細胞移植後のHHV-6脳炎がある。HHV-6は小児の突発性発疹の病原体として知られているが,造血幹細胞移植後のHHV-6脳炎は成人にも発症する。また,女性の場合は抗N-methyl-d-aspartate(NMDA)受容体脳炎も考え,血清と髄液の抗NMDA抗体を測定し,卵巣奇形腫の有無を検査する。いずれにしろ急性脳炎に対し,ACVを主体とした治療を開始し,治療と並行して急性脳炎の原因追究に努力し,原因が判明すれば使用薬剤,治療期間などはその原因に対する治療に変更する。

    脳炎の治療に副腎皮質ステロイド併用の有効性を示唆する報告があり,ステロイド併用を推奨する動きがある。使用薬剤,投与量および投与期間について様々な報告があり,一定の見解は得られていないが,受診者がADEMや抗NMDA受容体脳炎である可能性もあることから,ステロイド投与の価値はあると思われる。

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