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人工知能の真実─AIは医療を変えるわけではない?[J-CLEAR通信(101)]

No.4956 (2019年04月20日発行) P.40

後藤信一 (慶應義塾大学医学部循環器内科)

後藤信哉 (東海大学医学部内科学系循環器内科学教授)

登録日: 2019-04-19

最終更新日: 2019-04-17

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1 「人工知能:AI」のはやり

(1)「EBM」普及の過去との相似性

「人工知能:AI」が流行している。筆者はコンピュータの医学,生物学応用をめざした研究を理化学研究所,東京大学大学院工学研究科と共同で進めて15年になる。コンピュータと情報通信は工学部の世界で医学,生物学とは長らく離れていた。最近急速に「人工知能:AI」という言葉が医療の領域で普及している。「人工知能:AI」は医療を変えるインパクトがあるのだろうか?

それまで聞いたことのない難しい言葉が一人歩きするときには,その背景を考える必要がある。1991年のソ連崩壊以降ランダム化比較試験による臨床的仮説の科学的検証が資本主義陣営に普及した。共産主義も独占資本主義も世の中の流れを1つにまとめ上げる目的には差異はない。多様性を許容する日本語により練り上げられた筆者の脳には,「正解は1つ」とする一神教的世界観は似合わなかった。しかし,個別医師の経験よりも「ランダム化比較試験による仮説検証を重視する」evidence based medicine(EBM)の概念は急速に普及した。

筆者は患者が100人いれば,最適治療は100種類あると考える。EBMの世界では患者の個人差は無視され,49対51でもランダム化比較試験にて有効性と安全性を科学的に証明された治療介入が,すべての患者に一律に推奨されるという規格化が進んだ。ランダム化比較試験の結果に基づいて認可承認された新薬が高価で,かつ経験の蓄積が少なくても「エビデンスに基づいた診療ガイドライン」にて使用が推奨されるようになった。本来の51の市場を100に拡大できた製薬企業は大きく成長した。八百万の神々を許容する日本人の筆者には「エビデンスに基づいた診療ガイドライン」に「正解」が記載されているとは信じられなかった。使用経験が少なく,高価な経口抗トロンビン薬,抗Ⅹa薬などの新薬が,短期間のうちにわが国でも巨大な市場を獲得したので「エビデンスに基づいた診療ガイドライン」による市場の単一化圧力は大きかったと想定される。

「エビデンス」について深く考察すれば,ランダム化比較試験による有効性,安全性の仮説検証が「イベント数(率)」により示されたことに気づく。つまり,「エビデンスに基づいた診療ガイドライン」の世界は人類の均質性を前提としている。

循環器疾病の予後が一般に悪かった1980~90年代にはランダム化比較試験による「標準治療のシステム的転換」が患者予後改善に役立った。「エビデンス」の基盤についての咀嚼が不十分であったため「ディオバン事件」のような無駄な事件が起きた。喧伝された「エビデンス」は臨床医学の科学であるとともに,巨大企業による市場の独占支配のツールであった。「ランダム化比較試験を無限に繰り返せば単一の最善治療を見出せる」との発想は一神教的世界観に合う。しかし,有効性,安全性イベントの発現率が低減した今後,莫大なコストをかけてランダム化比較試験を無限に繰り返すことは非現実的である。現代医学は,人類の均一性を基盤としたEBMの世界からの根本的転換を要している。時代を変革していくためには人口に膾炙する言葉が必要となる。「人工知能:AI」が次世代の医療の,EBMとは異なる方向性の画一化に利用されないように注意する必要がある。

(2)裏に見え隠れする巨大企業のプロパガンダという側面

EBMの時代は患者数の多い高血圧,糖尿病,脂質異常症などが営利企業の標的であった。心筋梗塞,脳梗塞などの血管イベント発現が喫煙者などに限局される時代となったため,営利企業の標的は有病率の低い難病などにシフトした。数は少なくても,確実にメリットを得る症例に長期服薬させるモデルではランダム化比較試験の価値は下がる。大動脈解離の発症までに20年近くかかるマルファン症候群を標的とした薬剤開発をEBMのルールで施行すれば,臨床開発に20年以上かかる。これでは薬剤が認可承認されたときには特許期間が終了してしまう。新規の製薬モデルのために,著しくリスクの高い少数を選別して高価な薬剤を長期服薬させる「precision medicine」に向けた準備が進んでいる。著しく高価な薬剤・医療介入を要する症例の「precision」に「人工知能:AI」は役立ちそうに見える。「人工知能:AI」が過剰に喧伝される影に,次世代の支配をめざす巨大企業のプロパガンダが見え隠れすると考えるのは筆者のみであろうか?

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