2 啓発と環境整備の必要性
震災直後の肺塞栓症を予防するには,マスコミなどによる啓発が最も効果的である可能性が高い。このことは新潟県中越地震と熊本地震でのエコノミークラス症候群の発症比較で明らかである。新潟県中越地震と熊本地震の肺塞栓症発症数の日時累積から,熊本地震では本震翌日から急激に発症数が増え,本震3日後の4月18日の車中泊による肺塞栓症死亡報道の後,マスコミによる繰り返しの報道や啓発があってから減少していることがわかる(図1)。一方,新潟県中越地震でも車中泊による肺塞栓症死亡報道があった本震8日後より報道強化され,同時に肺塞栓症が減少している4)5)。特に両者とも報道強化後には重症肺塞栓症や死亡はない。肺塞栓症の減少が自然経過であるなら,2つの地震とも本震から同じ期日より減少したはずであるが,明らかに新潟県中越地震では遅れていた。個人情報保護法施行直後であったことから,肺塞栓症による死亡報道が遅れたためである。

このように,車中泊などを原因とする災害直後の肺塞栓症予防には,マスコミ報道や啓発が重要であると考えられた。どうしても災害直後は人命救助報道が優先されるが,車中泊の開始日は本震当日からが多く,災害直後からエコノミークラス症候群(肺塞栓症とDVT)の危険は迫っているのである。熊本地震では,車中泊の危険性はわかっていたが,屋根がある建物は怖くて避難所に行けなかったという人も多かったという。避難所の安全性を普段から向上させておくことが重要だが,それでも車中泊は今後もなくならないであろう。よって各自治体は,放送局とあらかじめ災害直後からの車中泊によるエコノミークラス症候群予防についての啓発内容を取りまとめておいたほうがよいと考えられた。既にマニュアルがある放送局もあるので,放送のタイミングを協議しておくとよいと思われた。
一方,避難所でのDVTは2週間後がピークになることが,東日本大震災の多数の避難所でのDVT検診で判明している(図2)。また,DVTは熊本地震でも本震から2週間程度は増加し続けていた(図3)。熊本地震では,発災後早期からDVT検診が大規模に行われた。これは,日本臨床検査学会が日本循環器学会,日本静脈学会などと協力し,全国から多くの下肢静脈エコー検査のできる技師を派遣したことが大きいと思われた。さらに,新潟県中越地震,東日本大震災などの被災地で行ってきたエコノミークラス症候群予防検診活動の経験を役立て,経験ある臨床検査技師が検診マニュアルをつくり,検診前の講習などを行ったことでスムーズに検診が行えた。一方,図3が示す通り,DVTはマスコミ報道・啓発では減少せず,さらに東日本大震災の結果を併せて考えると,避難所のDVTは避難所そのものに原因があると考えられ,個人的な努力では限界があると思われた。


特筆すべきことは,新潟県中越地震では車中泊で発症した重症肺塞栓症で少なくとも7人が死亡(公式には4人)していたが,熊本地震では死亡は1人のみであった。これはDMAT(disaster medical assistance team)による速やかな治療・搬送およびドクターヘリによる広域搬送によるものと考えられ,災害医療の進歩の効果があったと考えられた。さらに震災後にエコノミークラス症候群が多いという認識が広まった結果,様々な医療班が予防活動を行ったことも効果を上げたと思う。しかしながら,熊本地震においても避難所・仮設住宅で多くのDVTがみつかっており,これまでの災害後と変わりはない。その原因は避難生活の質にあると考えられ,国際標準の避難所の設営・運営と,問題の多い仮設住宅はやめて,復興住宅の建設への速やかな移行が必要であると考えられた。
3 長期的視点
新潟県中越地震後のDVTを継続的に経過観察した結果,震災後に下腿DVTがみつかった被災者においては,震災後の肺塞栓症発症は約70倍,脳梗塞は約4倍,心筋梗塞は約2倍となった。したがって,致死的肺塞栓症のみならず,長期的な二次的健康被害予防のためにも震災後のDVTへの対策が必要である。
●文献
1)Ro A, et al:Ann Vasc Dis. 2016;9(1):15-21.
2) 呂 彩子, 他:脈管学. 2003;43(10):627-32.
3) 布施一郎, 他:新潟医師会報. 2006;675:2-12.
4) 橋本洋一郎, 他, 編:特集 熊本地震─何が起こり,何を行ったか. 治療. 2016;98(11).
5) 松川 舞, 他:脈管学. 2017;57(3):33-40.
他科からのQuestion
Q1 震災(大災害)後にエコノミークラス症候群(静脈血栓塞栓症:VTE)予防検診は今後も必要でしょうか?
A1 震災(大災害)後のVTEの原因は車中泊と長期化する雑魚寝の避難所生活です。避難所に簡易ベッドが迅速に準備できる体制が整うまでは車中泊や雑魚寝の避難生活は今後も続くことが予想されるため,DVT検診は肺塞栓症予防と啓発のために早期から必要と思います。また,急性期に被災地の医療機関での対応は難しいことから,DMATのような災害時のVTE専門のチームが必要と思います。