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【識者の眼】「『良いもの』を選ぶ基準の落とし穴」五十嵐 中

登録日: 2026.10.15 最終更新日: 2026.10.15

五十嵐 中 (慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授)

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前稿(No.5346)で述べたように、高額薬剤の相次ぐ登場、コロナ禍による医療資源の有限性の可視化、そして高額療養費制度の議論を通した「放っておくと1番大切な部分が破壊される」という危機感の共有。この3つのステップを経て、「どこかを削って制度を活かす」という発想は、かつてのタブーから広く共有される論点に姿を変えた。皆の負担を少しずつ増やし続けるスタイルから、使い道にメリハリをつけるスタイルへの転換。社会保障制度そのものの持続性を高めるため、資源配分の議論自体には、追い風が吹いている。

この流れの中で、選別の道具として期待を集めているのが費用対効果評価である。オカネと効き目のバランスを測り、「良いもの」を評価しつつ、そうでないものを削る。効率的な資源配分に向けた、一見これ以上ない理想のシステムに見える。「コスパを考えるべきだ」という主張に、正面から異を唱える理由はない。日本でも2019年度から国レベルでの費用対効果評価制度が本格運用され、対象拡大を求める声も強まっている。

しかし、制度の中身にふみ込むと、そう単純な仕組みではない。最大の問題は、評価の土台となる数値そのものが、設定次第で大きく動きうることだ。片頭痛予防薬の評価では、費用対効果のものさしである「追加的に1QALYを得るのにいくらかかるか」を示す増分費用効果比(ICER)が、企業分析(約600万円)、公的分析(約6000万円)、最終的な評価(約1100万円)と大きく揺れ動いた。しかもこの変化は、同じ臨床試験データの解釈法の違いだけで生じたものである。効き目に費用が見合わない高い薬の価格を引き下げるのは、遠目には妥当な方策に見える。しかし、その判定の入口となる「既存治療より臨床的に優れるか」という評価でさえ、何を比較相手に据え、どのデータを使うかで、結論は変わりうる。同じ臨床試験データを基礎にしても、分析の設定や判断によって、異なる「正解」が導かれる。これが費用対効果評価の難しさである。

「有効率〇%」や「延命効果△年」であれば、数値に不確実性がつきまとうことは誰もが直感できる。だが、「1年当たり★万円」というオカネの単位で示される数値は、あたかも確定値のようにひとり歩きする。実際には、モデルや前提条件に左右される不確実な数値であるということを認識せずに、意思決定に安易に用いるのは危険である。制度設計の参考とされる英国でも、ICERを結論へ機械的に直結させることはなく、臨床的エビデンスやモデルの妥当性、不確実性なども含めて意思決定している。

もちろん、費用対効果の考え方そのものは、限られた医療資源の使い道を考える上で有用な手がかりであり、否定されるべきものではない。問題は、数値が動きうるという特性を直視しないまま、この道具に大きな役割を背負わせることにある。政府も『経済財政運営と改革の基本方針2026』(骨太方針2026)で「客観的な検証」の必要性を示し、制度見直しに向けた議論を進めてきた。9月には中医協で検証結果が報告されたが、今後も分析プロセスの見直しが進められる予定だ。

では、なぜ数値はこれほど動いてしまうのか。何と比べるかという比較対照の設定、臨床的な優劣をどう判断するかという入口の評価……。数値の裏側に潜む「人の判断」の数々を、次回以降、掘り下げていきたい。

五十嵐 中(慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授)[費用対効果評価][医療資源の有限性]

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