近年、医療現場でも「心理的安全性」という概念が注目されている。だが、誰もが意見を言いやすい職場をつくろうという精神論だけでは、多職種が混在する病院は変わらない。専門職を集めればチーム医療が自然と機能するという考えも幻想だ。
まず、組織内に多様な専門性が存在する中で、職種の境界線を強調しすぎると、職種間の分断が生じ、多様な知識や視点を十分に活かせなくなることがある1)。また、医療現場では、階層や職種間の力関係が、率直な意見交換を阻む要因となる2)。こうした部門間の壁を放置すれば、多職種連携は機能せず、経営上の問題にもつながりかねない。
医療の質を高めるための業務上の議論であっても、意見の衝突を人間関係の対立にまで発展させれば、組織は疲弊する3)。実際、業務上の衝突も、対人関係の対立と結びつけばつくほど、チームの成果に悪影響を及ぼすことが示されている4)。しかし、当事者同士だけで両者を切りわけることは至難の業だ。かといって、仕事の基準を低くしたまま心理的安全性だけを高めれば、単なる「ぬるま湯」になりかねない。高い基準と心理的安全性を両立させることが、学習と成果につながるのである5)。さらに、心理的安全性が高いチームでは、業務上の衝突を成果につなげやすいことも示されている6)。
前稿(No.5342)で、この困難な両立を実現し、摩擦を防ぎ、経営層と現場をつなぐ役割として、異業種人材の重要性を説いた。では、彼らをどう機能させるのか。当院では、多職種が混在する手術室や外来の最前線に、あえて営業や生産管理の知見を持つ専任の事務責任者を配置している。各部門から人が集まる場所では、課題解決の責任があいまいになりやすい。そこに、医療職の階層構造に臆さない事務責任者が入り、専門的な調整役として異なる職種間の主張を整理し、合意形成を導くのだ。
彼らは感情的な対立を構造的に遮断すると同時に、経営陣が設定した厳格な行動目標(プロセスKPI)を現場に落とし込み、意図的に建設的な議論を生み出し続ける。目標達成を重視する異業種人材が現場の土壌を耕し、そこに高い責任感が掛け合わさることで、初めて組織は活性化する。
強固な専門性を持つ医療職たちを、画一的なルールで統制することは不可能であり、また、その必要もない。求められるのは、多様な専門職がぶつかり合うエネルギーを、医療価値の最大化という方向へ統合することだ。真の自律型組織とは、対立がない組織ではなく、健全な衝突を価値に変換できる組織である。現場の摩擦を管理し、多職種連携を主導する事務部門の実践こそが、日本の医療機関を持続可能な未来へ導く1つの確かな道となるだろう。
【文献】
1) van Knippenberg D, et al:J Appl Psychol. 2004;89(6):1008-22.
2) O'donovan R, et al:Int J Qual Health Care. 2020;32(4):240-50.
3) De Dreu CKW, et al:J Appl Psychol. 2003;88(4):741-9.
4) de Wit FRC, et al:J Appl Psychol. 2012;97(2):360-90.
5) Edmondson AC:Harv Bus Rev. 2008;86(7-8):60-7.
6) Bradley BH, et al:J Appl Psychol. 2012;97(1):151-8.
前田昌亮(社会医療法人杏嶺会法人本部長、一宮西病院事務長)[心理的安全性][多職種連携][異業種人材]