病院という組織において、新たな取り組みが定着しづらく、経営と現場の視点が交わりにくいのはなぜだろうか。その答えは、個人の能力不足や意識の低さではなく、組織構造そのものに内在する欠陥にある。
病院は、経営と医療という2つの指揮系統が並立する特殊な構造を持つ。言わば、一隻の船に2人の船長が同乗している状態だ。1人の船長(事務方)は燃料の節約と航海スケジュールを重視し、もう1人の船長(医師)はコストを度外視して最高の魚を獲ることをめざす。この相反する論理の衝突を放置したままでは、健全な経営も最良の医療も成立しない。本稿では、この構造的対立の正体を解剖し、その突破口が戦略的人事による自律型組織への転換にあることを提示したい。
この対立の背景には、組織を動かす基本原理の違いがある。経営学者H. ミンツバーグは、病院組織を「専門職官僚制」と位置づけた1)。企業のように一律の業務マニュアルで統制される組織ではなく、厳しい訓練を受けた医師や看護師が、高度な専門スキルに基づいて自律的に機能する集団なのである。ゆえに、トップダウンの数値管理は現場のメカニズムと根源的に衝突しやすい。
さらに、J. E. ハリスが示したように、病院内には経営側と医療側という独立した意思決定主体が存在する2)。この「二元支配」のもとでは、限られた予算や人員を巡る資源獲得競争が必然的に生じる。経営陣と現場の摩擦は、職員個人の性格の問題ではなく、構造的な宿命なのである。
この欠陥は、単純な業務効率化だけでは乗り越えられない。たとえば、近年推進されているタスク・シフト(業務移譲)を例に挙げよう。厚生労働省の「医師の働き方改革の推進に関する検討会 資料」や「厚生労働科学研究成果報告書」は、労働時間短縮効果を認める一方で、業務境界の変化に伴う責任所在への不安を現場に生じさせている、と指摘している。
高度な専門性ゆえに生じる職種間の垣根は、表面的なルール変更だけでは取り払えない。鍵となるのは、どのような人材を採用し、役割をどう再定義するか、という人事の戦略的介入である。一宮西病院では、看護部から採用や広報などの周辺業務を完全に切り離し、事務部門の専任チームが担う体制を構築した。専門職を本来業務に専念させ、自律性を発揮できる土壌を整えることが、組織統合への第一歩となる。
もちろん、医療現場に企業的な人事戦略を持ち込むことには、「医師の自律性を損ない、医療の質を低下させる」という反論もある。しかし、それは手段と目的を取り違えた懸念である。組織行動学者A. エドモンドソンの心理的安全性研究が示すように、専門職組織で新たな体制を機能させる鍵は、ルールの強制ではなく、「無知やミスを恐れず発言できる空気」にある3)。
したがって、人事部門に求められるのは、管理・支配ではなく、経営層と現場をつなぐ「翻訳者」としての役割である。異業種で培われた交渉力や調整力を持つ人材が合意形成を支えれば、専門職は不要な縄張り防衛から解放され、真の自律型組織へと向かうことができる。
病院が直面する機能不全を解消し、持続可能な医療提供体制を築く最大の鍵は、人事部門の再定義にある。これからの人事は、単なる労務管理部署ではなく、組織を支える戦略的パートナーでなければならない。事務部門が高度なマネジメントと調整機能を担い、医師や看護師が「目の前の患者を救う」という本来の使命に没頭できる環境を整える。この役割分担の徹底こそが、職種間の垣根を越え、日本の医療機関を真の自律型組織へと導く確かな道なのである。
【文献】
1) Mintzberg H:The Structuring of Organizations. Prentice-Hall, 1979, p348-71.
2) Harris JE:The Bell Journal of Economics. 1977;8(2):467-82.
3) Edmondson A:Administrative Science Quarterly. 1999;44(2):350-83.
前田昌亮(社会医療法人杏嶺会法人本部長、一宮西病院事務長)[病院組織][構造的対立][自律型組織]