
❶ 冠動脈疾患を診断するとは
安定冠動脈疾患と急性冠症候群の鑑別は,循環器診療における最重要課題の1つであり,初期対応と予後を大きく左右する。両者は同じ冠動脈における動脈硬化症を基盤としながらも,病態,臨床経過,緊急性が本質的に異なるため,症状,検査所見,時間的推移を総合して判断する必要がある。画像診断の役割も異なる。安定冠動脈疾患では,冠動脈CTや負荷検査により冠動脈解剖や虚血の有無を評価する。一方,急性冠症候群が疑われる場合には,迅速な侵襲的冠動脈造影(coronary angiography:CAG)による責任病変同定と再灌流治療(percutaneous coronary intervention:PCI等)が優先される(図1)。

急性冠症候群の可能性が低いと判断した時点で,安定冠動脈疾患の診断を進める。その診断とは,冠動脈の動脈硬化性病変によって生じる心筋虚血や心筋障害を的確にとらえ,患者の予後改善につながる治療方針を決定する一連の医学的判断過程を指す。単に冠動脈狭窄の有無を確認するにとどまらず,症状,虚血の程度,病変の性状,さらには将来的な心血管イベントリスクを総合的に評価することが本質である。冠動脈疾患の診断とは,患者個々の病態を多面的に理解し,最適な予防・治療につなげるための総合的プロセスである。
冠動脈疾患の診断には病歴聴取が重要である。胸痛の性状(胸部圧迫感など),部位,発症様式,持続時間,誘因を評価するとともに,糖尿病,高血圧,脂質異常症,喫煙歴などの冠危険因子を把握することが重要である。冠動脈疾患既往の有無なども確認する。年齢と性別に,これらの因子を組み合わせて冠動脈疾患罹患の可能性を推定し,適切な検査選択を行う。
安静時12誘導心電図は,初期評価において重要な検査である。安定冠動脈疾患では,安静時には明らかな虚血性変化を示さないことが多く,単独での確定診断能力は限定的である。しかし,陳旧性心筋梗塞を示唆する異常Q波,ST-T変化,左室肥大や伝導障害の有無は,既存の冠動脈疾患や予後リスクを推定する上で有用な情報を提供する。心電図異常を有する場合には,冠動脈疾患の可能性を考慮し,その有無を確認するための精査を行うことが重要であり,非侵襲的検査として画像診断が挙げられる。
冠動脈疾患の診断は,冠動脈狭窄の有無を評価する解剖学的診断と,負荷時あるいは安静時の血流低下を評価する機能的診断を組み合わせて行う。解剖学的診断として,冠動脈CTやCAGが行われる。機能的診断には,負荷心筋血流シンチグラフィー,負荷心エコー,負荷MRIなどの各種負荷検査に加え,CAG施行時にプレッシャーワイヤーを用いて測定する冠血流予備量比(fractional flow reserve:FFR)が行われる。
近年では,冠動脈CTの進歩により,各種非侵襲的検査で一定レベルまで冠動脈疾患を診断できるようになっている。一方,CAGは,プレッシャーワイヤーによるFFRの評価も可能であり,現在でも冠動脈疾患診断のゴールドスタンダードとされている。しかし,CAGは侵襲的検査であるため,まず非侵襲的検査による評価を行い,その結果に基づいて適応があると判断された症例に対して施行することが推奨されている。
コラム 急性冠症候群を見落とさない
急性冠症候群を見落とさないためには,症状・検査結果・時間経過を統合的に評価する。胸痛の性状のみに依存せず,非典型的症状にも注意を払う必要がある。高齢者,女性,糖尿病患者では,胸部不快感,呼吸困難,悪心,全身倦怠感など非典型的な訴えで発症することが多く,これらを心原性としてとらえる臨床的感度が求められる。冠危険因子に加え,経皮的冠動脈インターベンション(PCI)や冠動脈バイパス術(coronary artery bypass grafting:CABG)など冠動脈血行再建術の既往歴の把握も重要である。複数の冠危険因子を有する患者では,軽微な症状であっても急性冠症候群を常に鑑別に挙げる必要がある。急性冠症候群は,リアルタイムでは完全に鑑別することが困難な病態であることを理解し,経過観察と追加検査を躊躇しないことが,見逃しを防ぐために重要である。
❷ どんな患者にCTを施行するか:検査前確率の考え方
安定冠動脈疾患が疑われる場合,どの患者に,どの検査を最初に選択するかは,診断精度,侵襲性,医療資源の適正利用,さらには予後改善の観点からきわめて重要である。この判断は,検査前確率に基づくリスク層別化により行われる。ここでの検査前確率とは,臨床情報から,その患者が冠動脈疾患を有していると推定される確率である。この確率に基づいて最適な検査法を選択することが,合理的な診断アルゴリズムの根幹をなしている。
検査前確率は年齢,性別,胸痛の性状を中心に評価される。胸痛の性状は,①典型的狭心症(労作誘発,安静・ニトログリセリン投与で改善,前胸部圧迫感のすべてを満たす),②非典型的狭心症(上記3つのうち2つを満たす),③非心臓性胸痛,に分類される。これに年齢と性別を組み合わせることで検査前確率が推定され,5%未満を低確率,5~85%を中等度確率,85%超を高確率とする。『2022年JCSガイドライン フォーカスアップデート版:安定冠動脈疾患の診断と治療』では,海外データに基づく検査前確率が提示されている。わが国では,以前から冠動脈疾患の有病率が比較的低く,さらに危険因子の管理の進歩により有病率は低下傾向にあるため,検査前確率は想定よりも低値であると考えて検査を選択する。冠動脈CTを行うべき患者は,検査前確率が中等度と推定される症例である(図2)。

(1) 検査前確率「中等度」には冠動脈CTを
この確率帯の患者群では,冠動脈病変が存在する可能性と存在しない可能性がともに一定程度あり,「除外診断」と「確定診断」のいずれも臨床的に重要となる。実際の臨床では,この確率帯の患者が大部分を占めるため,安定冠動脈疾患が疑われる患者の評価法として冠動脈CTが最初に選択される“CT first戦略”が支持される所以となっている。わが国ではCT装置が広く普及しており,検査へのアクセスが容易となっている。そのため,冠動脈CT検査件数は,コロナ禍による診療抑制時期を除いて一貫して増加し,CAGを大きく上回る結果となっている(図3)。

冠動脈CTは後述するように陰性的中率がきわめて高く,検査前確率が低~中等度の患者において「有意狭窄なし」を確認することで,安全に冠動脈病変を除外できる。この特性により,不必要なCAGや追加検査を回避しつつ,診断の確実性を担保できる。
具体的な臨床像としては,①中高年で非典型的胸痛や労作時違和感を訴える患者,②複数の冠危険因子(高血圧,脂質異常症,糖尿病,喫煙歴など)を有するが,症状が非特異的な患者,③心電図や心エコーで明らかな虚血所見を認めないが,臨床的に冠動脈疾患を否定できない患者,が該当する。これらの症例では,冠動脈CTにより冠動脈の解剖学的評価を行うことで,狭窄の有無だけでなく,非閉塞性プラークを含めた動脈硬化の全体像を把握できる。また,将来リスクの層別化と一次・二次予防強化に資する点も重要である。
安定胸痛患者4146例を対象にしたSCOT-HEART試験1)では,標準診療への冠動脈CTの追加が慢性期の冠動脈疾患による死亡あるいは非致死性心筋梗塞を減少させることが示された。冠動脈CT後に,スタチンなどの薬物治療により,冠危険因子管理が改善したことが予後改善に寄与したとされている。
(2) 検査前確率「低」「高」の場合
一方,検査前確率がきわめて低い患者,すなわち若年者で非心臓性胸痛が疑われる症例では,画像検査自体の必要性が乏しく,経過観察や他疾患の鑑別が優先される。逆に検査前確率が高い患者,たとえば高齢男性で典型的狭心症症状を呈する症例では,初期からCAGや機能的虚血評価を考慮すべきで,冠動脈CTの意義は限定的となる。特に,症状が強く再血行再建術の可能性が高い症例では,診断と治療を直結できる戦略が合理的である。また,高度石灰化,頻脈,腎機能障害などでは,画像品質や安全性の問題から冠動脈CTの適応を慎重に判断する。
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以上より,検査前確率に基づく層別化の中で,安定冠動脈疾患が疑われる患者における冠動脈CT first戦略により,診断精度と安全性を高め,合理的かつ予後を見据えた診療を実現することが可能となる。

