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首下がり症候群とは?

登録日: 2026.09.01 最終更新日: 2026.09.01

石井 賢 (New Spine クリニック東京 総院長)

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首下がり症候群の歴史とレビュー

首下がり症候群(dropped head syndrome:DHS)は,「頭部下垂により前方注視障害を呈す一連の症候群」である1)。DHSは比較的稀な疾患であるが,高齢者での発症例が多く,本邦では超高齢社会を背景に診療の機会が増えている。DHSの多くは頚椎から胸椎にかけて後弯変形を呈し,頭部下垂および前方注視障害を伴うが,胸腰椎での後弯によっても前方注視障害が生じうる。重症例ではいわゆるchin‒on‒chestを呈し,顎が前胸部を圧迫するほどの頭部下垂を示す(図1A,B)。

 

(1)DHSの歴史的背景

頭部下垂を生じる症候については古くから報告があり,1817年にパーキンソン病に伴う姿勢異常として初めて報告された。19世紀後半には流行性の風土病として認識され,1887年にGerlierは,発作性の四肢脱力や麻痺性めまいを伴う頭部下垂現象を報告している。本邦では1888年に中野が東北地方でみられた首下がり患者238名を報告した2)。さらに,1897年にMiuraは青森県で眼瞼下垂と咀嚼運動障害などに伴う首下がり患者を“Ueber Kubisagari”と報告し,Gerlier病と同一疾患である可能性を指摘した3)。Miuraは,「Kubisagariとは,発作時に頭部が胸に落ち込むように垂れ下がり,歩行不安定,複視,視界のかすみ,眼瞼下垂,構音の障害などを呈する発作性の疾患である」と定義している3)。発症年齢は1〜80歳で,10~40歳代の働き盛りが約70%を占め,性別差はなく,東北地方の風土病的疾患と結論づけている。Kubisagariは,後に筋・神経疾患に伴う症候のひとつとして再注目された。20世紀中盤には,神経変性疾患や筋疾患を伴う頚部下垂症例が相次いで報告され,1986年にLangeらが“floppy head syndrome”を,1992年にSuarezとKellyが“dropped head syndrome”という用語を確立した4)。1989年にはQuinnが,多系統萎縮症患者の半数で頭部下垂現象がみられたと報告し,頭部下垂を“disproportionate antecollis”と表現している。1996年,Katzらは頚部伸展筋に限局した孤発性頚部伸筋ミオパチー(isolated neck extensor myopathy:INEM)を報告し5),全身性の疾患が除外された独立した病態としてDHSを位置づけた。このようにDHSはこれまで多くの名称が提唱されてきたが,明確な病態がいまだ不明であるため,現在では頭部下垂を主徴とする一連の症候群として,国際的には“dropped head syndrome”が用いられ,本邦では中野やMiuraらの報告に由来し“首下がり症候群”の呼称が一般的である。

(2)疫学と病態

疫学的には,DHSは70歳以降の高齢女性に多く発症すると報告されているが,原因の多様性から正確な罹患率は不明である。脳神経内科領域では大脳基底核疾患との関連が重要とされ,Köllenspergerらは,多系統萎縮症患者の36.8%に頭部下垂を認めたのに対し,パーキンソン病では0.8%にすぎず,頭部下垂が両者の疾患鑑別におけるred flagとなりうると報告した。一方,Kashiharaらはパーキンソン病患者のうち6.0%で頭部下垂がみられたと報告し,EndoらもDHS患者のうち7.7%でパーキンソン病を合併していたと報告している。以上のように本邦ではパーキンソン病に合併するDHSは少なくないと考えられる。近年,IshiiらはDHS患者148例を解析し,発症原因として特発性が67.6%,外傷性が10.1%,頚椎術後とパーキンソン病が4.7%,自己免疫疾患が4.1%,甲状腺機能低下症が3.4%,うつ病が2.0%,脳梗塞後が1.4%,筋萎縮性側索硬化症・重症筋無力症・放射線照射後がそれぞれ0.7%と報告した6)。前述のように本邦では,近年の超高齢社会を背景にDHS患者を診療する機会が増えており,原因が明らかでない特発例も多いことが示唆されている。

本邦では,2000年代の超高齢社会の到来により患者が急増し,頚椎アライメントの破綻と姿勢連鎖の観点から本症が再評価されてきた。全脊柱矢状面アライメント(C2–7 SVA,T1 slope,PI–LL mismatchなど)の概念が導入され,DHSは局所疾患ではなく「姿勢制御障害」として体系化された。特に,骨盤前傾・胸椎後弯・頚椎前弯の相互関係に基づく“全身性sagittal balance”の重要性が強調されている。臨床評価法には,visual analog scale(VAS),numerical rating scale(NRS),neck disability index(NDI),Japanese Orthopaedic Association(JOA)スコアなどが用いられているが,DHSに特化したDHSスコア6)などの新たな評価指標も開発されている。

(3)治療

治療法においては,本邦を中心に様々な報告があり,その変遷は著しい。保存療法では,理学療法,装具療法,鎮痛薬を主体とした薬物療法などが報告されてきたが,近年までその効果は限定的であるとされてきた。今日では,遠藤らが提唱したDHSテストによる重症度に応じた理学療法7),筆者らが提唱したshort and intensive rehabilitation(SHAiR)プログラムを中心とした非侵襲的に姿勢連鎖を再教育し,頚椎前弯を回復させる新しい保存的治療8)などが注目されている。外科的治療では,保存治療に難渋する重症例や脊髄症状を呈する症例に対して頚椎を主体とした後方あるいは前後方矯正固定術が実施され,良好な治療成績が報告されている。一方で,多くの患者が高齢者であり,広範囲の頚椎-胸椎固定による脊椎可動性の喪失,嚥下障害などの合併症も報告されており,手術適応は慎重な判断と十分なインフォームドコンセントのもと行われるべきである。

さらに,近年ではサルコペニアや老化関連筋障害(dynapenia)との関連が注目され,DHSは加齢性姿勢変形の終末像ととらえられつつある。3D動作解析や筋電位解析により,頚椎伸展筋群の協調障害と骨盤後傾の連動が病態の中核にあることが明らかとなっている。今後はAI姿勢解析と再生医療の融合による早期予測・予防的介入が期待され,DHSはまさに“老化の見える化”を象徴するモデル疾患として,注目されるに至っている。

首下がり症候群の定義と分類

(1)定義

首下がり症候群(DHS)は,「頭部下垂により前方注視障害を呈す一連の症候群」と定義されている1)9)。1990年代にKatzらやSuarezらは,DHSを「頚椎後弯変形(cervical kyphosis)とは異なり,頚部伸筋群の限局性筋障害により可逆的に頭部下垂を呈する症候群」と定義した4)5)。すなわち,cervical kyphosisは頚椎アライメント異常を主座とするrigid spineに分類され,これは構築的変形(structural deformity)である。一方,DHSは頚部伸展筋の筋力低下または機能不全を背景として頭部保持が困難となるflexible spineに分類され,機能的変形(functional deformity)として位置づけられる。

臨床の現場では,初期にはflexible spineとして観察されるDHSであっても,罹病期間の延長に伴い,椎間板変性や椎間狭小,後弯位での椎体癒合などの変化が生じ,頚椎可撓性を失った構築的変形であるrigid spineへ移行する症例もある。また,頚椎癒合には至っておらず,ある程度のflexibilityを有するボーダーラインに位置し,rigid spineとflexible spineの鑑別に苦慮する頚椎変形も複数存在する。したがって,現時点においてDHSは,「頭部下垂により前方注視障害を呈す一連の症候群」1)が最もふさわしい定義であると考えられる。

(2)原因による分類

DHSは,多様な病因によって生じる症候群であり,その原因はきわめて多岐にわたる。主なものには,神経原性疾患(多系統萎縮症,パーキンソン病など),筋原性疾患〔筋ジストロフィー,孤発性頚部伸筋ミオパチー(isolated neck extensor myopathy:INEM)など〕,炎症性疾患(多発性筋炎,皮膚筋炎など),代謝性疾患(甲状腺機能低下症など),変性疾患(頚椎症など),外傷性要因,精神疾患関連,頚椎術後要因,放射線照射後変化,および腫瘍性病変などが原因として報告されている(表1)。

近年では,これらのいずれにも該当しない原因不明の特発性DHSも少なくなく,全体の半数以上を占めるとの報告もある。特発例においては, INEMでみられる局所的な筋萎縮に加え,全脊柱矢状面バランスの破綻が背景に存在することが多く,病態を単純に局所筋萎縮の一要因だけで説明することは困難である。諸外国と比較し,長寿大国である本邦にDHSが多い現状を鑑みると,加齢退行性変化に伴う病態が増加している可能性も示唆される。いずれにせよ,いまだ病因の全容は解明されておらず,神経筋接合部や姿勢制御機構の加齢変化など,複数の要素が関与していると考えられる。

(3)画像的特徴による分類

DHSでは,頚椎局所の可撓性評価に加え,全脊柱アライメントの包括的解析が不可欠である。臨床外観としては,立位でのchin–brow vertical angle(CBVA)の測定が有用であり,正常値は0〜10°,DHSでは一般に30°以上を示す。CBVAは前方注視障害の定量的指標として臨床的意義が高い。

全脊椎立位X線では,正面像で頚椎および胸腰椎の側弯角(Cobb角)を測定し,center sacral vertical lineにより体幹全体のバランスを評価する。側面像では,C2–7角(中間位・前屈位・後屈位)およびその可動域,C2–7 sagittal vertical axis(SVA),T1 slope,thoracic kyphosis(TK),lumbar lordosis(LL),pelvic incidence(PI),sacral slope(SS),pelvic tilt(PT),C7 SVAなどの多数の矢状面パラメータを解析する。これらを総合的に評価することで,姿勢連鎖の破綻様式を把握できる。筆者らは,頂椎の位置に基づきDHSを頚椎型(apexがC5–6付近に位置)と胸椎型(apexがT1–3に位置)に分類した9)。両型ともC2–7 SVAは増大しているが,頚椎型ではC2–7角が小さく(強い後弯),腰椎前弯および股関節伸展による代償によりC7 SVAはしばしば負値(SVA−)を呈する。

一方,胸椎型ではC2–7角が大きく(軽度後弯〜前弯),C7 SVAは頭部の前方偏位(anterior translation)により増大し,胸椎後弯やPI–LL mismatchを伴うことが多い。Hashimotoらは,DHS患者をSVA−群とSVA+群に分類し,前者ではC7 SVAが−44.5mm,T1 slopeが18.4°,LLが44.2°であったのに対し,後者ではC7 SVAが80.2mm,T1 slopeが42.1°,LLが21.1°と明確な差を示すことを報告している。これにより,DHSの姿勢破綻には頚椎のみならず胸腰椎および骨盤要素の影響が強いことが明らかとなった。Kudoらは,手術治療を施行した15例を解析し,SVAおよびPI–LLに基づきDHSを3型に分類した。Type 1(SVA≦0mmかつPI–LL≦10°)は手術成績が良好で再手術率が低く,Type 2(SVA>0mmかつPI–LL≦10°)では再手術率が高く,Type 3(PI–LL>10°)では腰椎後弯に対する追加手術を要したと報告している10)

Miyamotoらは,手術施行例40例を解析し,術後のC2–7角がT1 slope−20°以下となるような比較的小さいT1 slopeを有する症例では,short fusionで良好な結果が得られると報告した11)。一方,T1 slopeが大きく,頚椎前弯を20°以上獲得する症例では合併症率が高かったと述べている。鐙らは,胸腰椎代償を欠くDHSでは上位胸椎までの固定では不十分であり,胸椎後弯の頂椎を超えるlong fusionが必要であると提言している。

また,画像学的研究として,KudoらはDHS患者41例の解析で,下位頚椎に椎間狭小などの変性所見が多く,上位頚椎では椎体すべりを高頻度に認めることを報告した。Yamanouchiらは,DHS患者92例を外傷性発症群と非外傷群に分類し,外傷群では罹病期間が短く,可動域が小さく,より重度の変形性変化を示したと報告している。これらの結果より,可動性の低下した頚椎では軽微な外傷でも後方支持組織損傷を生じやすく,外傷性DHSを発症する可能性が示唆されている。さらに,Endoらは造影MRIを用いた比較研究で,DHS群34例では頚部伸筋群(特に頭板状筋,菱形筋,頚半棘筋,肩甲挙筋)に造影効果を認め,C6またはC7棘突起周囲にも高信号を示したのに対し,対照群では同様の所見を認めなかったと報告した12)。これらの結果は,DHSにおける筋病変および支持靱帯炎症の存在を示唆し,今後の病態解明および治療戦略の確立に重要な知見となる。

文 献

1)日本脊椎脊髄病学会, 編:脊椎脊髄病用語事典. 改訂第7版. 南江堂, 2025.

2)中野健隆:東京醫事雑誌. 1888;521:423-33.

3)Miura K:Mittheil Med Fac Kaiserl-Japan Univ Tokio. 1897;3:259-319.(The Digital Public Library of America:www.archive.org/details/b24764085)

4)Suarez GA, et al:Neurology. 1992;42(8):1625-7.

5)Katz JS, et al:Neurology. 1996;46(4):917-21.

6)Ishii K:Characteristic Clinical Manifestation and New Disease-specific Patient-based Questionnaire of Dropped Head Syndrome:A Prospective Observational Study. 2026 [in press]

7)Sano H, et al:J Orthop Sci. 2024;29(5):1179-82.

8)Igawa T, et al:J Clin Neurosci. 2020;73:57-61.

9)石井 賢, 他:MB Orthopaedics. 2022;35(7):81-9.

10)Kudo Y, et al:BMC Musculoskelet Disord. 2020;21(1):382.

11)Miyamoto H, et al:Eur Spine J. 2023;32(4):1275-81.

12)Endo K, et al:Spine (Phila Pa 1976). 2024;49(6):385-9.

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