本対談では,日本不整脈心電学会デジタルヘルス部会の妹尾恵太郎先生と,芦原貴司先生に,スマートウォッチの心房細動(AF)通知の現状と,通知を契機に受診する患者さんへのアプローチについて,現場視点で熱く語って頂きました。
アプリ完結型モデルの衝撃と日本が直面する「3つの壁」
中国の「一気通貫モデル」は日本の医療制度で実現できるか
妹尾恵太郎(以下,妹尾) まずHuawei Heart Studyについて説明させて下さい。これは中国で開発されているHUAWEI WATCHを使って心房細動の検知をして,早期診断・早期治療につなげるという臨床研究だったんですけど,これの面白いところが,アプリ上でそのまま医師のオンライン診療につないで,抗凝固療法の管理とか生活習慣の指導までを一気通貫で完結させるというモデルが提示されたというところなんですね。それで,これを実際日本で実現できるのかといったところを,今の医療制度だとか,薬機法も含めた法規制とか,あと市場の動向とかをふまえた上でまずは議論をさせて頂けたらなというふうに思っています。芦原先生,こういった取り組みについて,まず医療制度だとか法規制だとか,そういった観点からコメント頂けますでしょうか。
芦原貴司(以下,芦原) はい,ありがとうございます。今ご説明頂いたように,Huawei Heart Studyでみられたような通知から治療・管理までをアプリで完結させるモデルは,世界の中でも先進的に取り組まれているStudyのひとつだと認識しています。自動判定だけに頼らず専門職が介在するという点も特に重要だと思います。ただ,こういった研究が進む一方で,医療制度の問題であったり,それを維持するためにどこから資金を持ってくるのかということだったり,個人情報・データの扱いのルールだったり,またそれらをどう集めて管理し分析し臨床に役立てるのかといった技術的かつ倫理的な問題というのは,国によってかなり違いがあります。さらに重要なのは,これを社会的にどう受容するのかという文化の違いですね。国によって,この部分は容認されるけど,この部分は容認されないという違いがある。日本はそういう意味では,かなり慎重にデータを扱いましょうという文化があるので,その辺が先進的な取り組みを進める上でブレーキになってしまっているところはあると理解しています。これは日本だけではなくヨーロッパなんかも比較的慎重なところがありますね。
妹尾 そうですよね。私は日本でこの仕組みが導入されるにあたって,3つの壁があるかなと思っていて。1つは医療機器プログラム,いわゆるPMDAと厚労省が審査している部分が厳格であるということが壁だと思うんですけど,それは最近かなり整備されてきたのかなという印象を受けています。2つ目の壁としては,オンライン診療ですよね。基本的には今オンライン診療は対面が原則であるという壁。もう1つは,医療機関やアプローチの方法によって,医療情報が分断されてしまっているという壁。いろいろなウェアラブルデバイスのアプリケーションでオンライン診療をするベンダーがいて,さらに各医療機関の電子カルテがそれぞれあるといった形で,それぞれの医療情報がサイロ化されているということです。その結果として,あるユーザーが自分でデータを書き出してオンライン診療システムにアップロードし直す必要があるといったような,医療データのUX(ユーザーエクスペリエンス)の分断が起きているのではないかと思います。
芦原 まさに今世の中に残っている問題のひとつは,その情報をどのフィールドで扱うのかということだと思います。たとえばアプリに関しても,患者さんの受診を促すためだけに使うのであれば,それは医療の枠とは別枠でインターネット上だけで情報を扱えばいいということになります。しかし,これを病院側でデータとして集めて電子カルテと連携する形で扱うとなると,インターネットと電子カルテは基本的につながっていませんので,それをどう情報連携させるのかという問題が出てきます。しかも情報セキュリティの観点から安全性を担保しながらシステム連携を実現する必要があるので,医療情報を扱う立場としてはどうしても慎重にならざるをえないところがあります。医療をしっかりと前に進めるという意味でも,そこをどう連携させていくかは常に課題になっていると思います。
自動判定のノイズを人間が補う「Human-in-the-Loop」の重要性
妹尾 ウェアラブルデバイスに関する研究として,EQUAL試験が注目されていますよね。これは最近オランダから出てきた試験で,やっぱり人間を介在させるという,いわゆるHuman-in-the-Loopの重要性と実効性を証明したような試験だと思っています。このEQUAL試験はオランダの医療機関で実施されていて,高齢で脳梗塞リスクの高い人たちに対してウェアラブルデバイスを使ってスクリーニングを行い,その有用性を検証したものです。面白いのはワークフローで,スマートウォッチが検知した心電図データを24時間以内に独立した遠隔医療チーム,医療従事者がレビューして確認し,ふるいわけをしていくという点です。やはりウェアラブルデバイスが検知した結果はノイズも多く含まれていたりするので,自動判定だけに頼らず医師がレビューする体制を入れているということが,1つの解になるのかなと思ったんですね。ですので,日本で実装する場合には,すべてアプリで完結して病院にも来なくてよくて薬の投与も全部自動でやるというよりは,何かしら人間が介在する形での運用を提案したいです。今まで病院の中にしかいなかった医師が少し患者側に入っていくようなイメージでHuman-in-the-Loopが実現することで,早期発見・早期治療につながるのではないかと思ったんです。芦原先生はこのように医師が病院の中だけで仕事をするのではなく,患者さん側に近いところ,たとえばアプリ上などに入っていくことについてはどうお考えですか。
芦原 その点は非常に重要だと思います。我々は保険診療の範囲内で働くという枠組みがあり,本来はその中で医療を完結させることが求められています。一方で医師としては患者さんに向き合いたいという前向きな姿勢があり,診断や治療,健康維持のために必要なものは取り入れていきたいという思いがあります。こういったアプリを患者さんが自分たちのために用いる場合,自動判定だけでは精度の問題があり不十分なところもありますが,専門家が介入することでその精度を補い,質を高めることができるのであれば,十分医療に使えると思います。スクリーニングだけでなく診断や治療,その後のフォローにも使える可能性があります。ただ,これまでの厚労省の考え方や保険制度では,そういった枠組みを前向きに認めていくという発想が十分ではなかったと思います。今後はこうしたウェアラブルデバイスの進展をふまえて,そうした領域にも目を向けていく必要がありますし,我々としても今ある枠の中で何ができるのかを考えていく必要があると思います。
妹尾 では,ここからは,実際に不規則な脈波や心房細動の検知などの通知を受けた患者さんへの初期対応といった現場での医師の役割について考えていきたいと思います。特に症状がなくて「通知を受けたんだけど,どうしたらいいんですか?」みたいな戸惑いのある患者さんも実際の医療現場で出会うことがあるんですけど,こういう人たちに初期対応としてどういう検査を選択していけばよいのでしょうか。