
2022年に筆者が,腎性貧血の診療について本誌へ寄稿した際,「腎性貧血とは,腎臓においてヘモグロビン(Hb)の低下に見合った十分量のエリスロポエチン(erythropoietin:EPO)が産生されないことによって引き起こされる貧血であり,貧血の主因が慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)以外に求められないもの」と定義した。一方,近年の知見からは,腎性貧血の病態は単純にEPO産生の低下では説明できず,鉄代謝異常,炎症,低酸素応答,赤血球造血刺激因子製剤(erythropoiesis stimulating agent:ESA)反応性などを含めて理解されるようになってきた。
本稿では,こうした疾患概念の変化をふまえ,腎性貧血診療を臨床でどのように考え,応用するかを解説する。
❶ 疾患概念の変遷と治療の歴史
(1) CKM症候群:他臓器との関連
近年,心血管・腎・代謝(cardiovascular-kidney-metabolic:CKM)症候群という概念が提唱され,心血管疾患,CKD,代謝疾患を個別ではなく相互に関連した病態としてとらえる考え方が広がっている1)〜3)(図1)。

このような臓器横断的な病態理解としては,メタボリックシンドロームの概念が広く知られている。蓄積した内臓脂肪が複数の臓器に影響を及ぼし,全身の代謝異常や心血管リスクにつながるという考え方であり,現在では一般的な概念となっている。CKM症候群は,こうした考え方をさらに発展させ,心血管・腎・代謝異常の相互作用まで含めてとらえようとする概念と位置づけることができる。
腎臓内科の分野では,「心腎連関」(cardiorenal connection/cardiorenal syndrome)の言葉に代表されるように,「腎臓が悪ければ,心臓も悪い」という臨床的認識が以前から共有されてきた。少なくとも2000年代初頭には,こうした考え方はすでに浸透しつつあり,筆者自身も学生時代(2000年代前半)に,師である伊藤貞嘉教授の講義で「心腎連関」の概念について学んだ記憶がある。文献的にも,2000年代前半から「心腎連関」という用語が用いられるようになっており,医中誌で検索した範囲では,科学評論社『循環器科』(2010年に『循環器内科』へ改称)の2004年56巻6号(2004年12月発刊)に「心腎連関とその臨床的意義」という特集が確認できた。
海外では,Roncoらが2008年に「循環器医と腎臓医にとって,共通した普遍的な認識が必要である」と述べている4)。心腎連関は,単なる合併症ではなく,共通の病態基盤として理解すべきという考え方が徐々に整理されていった。
日本に目を向けると,内田啓子は2010年の『日本内科学会雑誌』の中で,「心腎連関という言葉が使われるようになってまだ日が浅い」と述べている5)。現在では一般的となった概念であるが,当時は比較的新しい考え方として受け止められていたことがうかがえる。
若い先生方はご存じないかもしれないが,CKDは2002年にNational Kidney Foundation(NKF)のKidney Disease Outcome Quality Initiative(KDOQI)が提唱し6),その後2004年にKidney Disease:Improving Global Outcomes(KDIGO)が採用して全世界に広まった概念である。約20年かけて,「CKDは健康上の脅威である」という認識が広く共有されるようになったことは,教育や啓発の重要性を示す一例であり,地道な努力が実を結んだものと考えられる。
さて,話を戻すが,他臓器との関係は,2004年頃にはcardiorenal syndrome (CRS)という概念が提唱され始めていた。Zoccaliらの論文には「In 2004,four papers on this hypothetical syndrome were deposited in PubMed.」とあり7),臨床的な実感に加えて,リサーチクエスチョンとしても認識され始めていたことを反映した表現だろう。
2003年に「The cardio-renal anaemia syndrome:does it exist?」というタイトルの論文が発表されている8)。この時点で,心腎連関に加えて貧血まで含めた病態が議論されていた点は興味深い。著者のSilverbergらは,他の論文でも同様のことを主張しているが9),これらはかなり先進的な主張であったととらえられていたかもしれない。

(2) 腎性貧血の介入試験
さて,こうした疾患概念の変遷をふまえると,「腎性貧血としてESAなどで介入すれば,単に貧血を改善するだけでなく,生命予後,腎予後が良くなるのではないか?」という疑問が出てくるのは当然であり,これを検証するために複数の試験が行われた。
なお,これらの概念が整理される前から,遺伝子組み換えヒトエリスロポエチン(rHuEPO)により,EPOの静脈内投与が用量依存的にヘマトクリット(Ht)を上昇させ,輸血の必要性を減らすことは証明されていた10)~12)。そのため,単に貧血を改善するだけでなく,その先に生命予後や腎予後まで改善するような「上乗せのメリット」があるのか? ということを調べる試みがなされた。これを検証した代表的な試験として,CREATE試験,CHOIR試験,TREAT試験が知られている(図2)。

(1)CREATE試験(Cardiovascular Risk Reduction by Early Anemia Treatment with Epoetin Beta)
CKDステージ3~4の腎性貧血患者603例を対象に,同じ薬剤(エポエチン ベータ)を用いながら,Hb目標値を13.0~15.0g/dLとする群(高Hb目標群)と,10.5~11.5g/dLとする群(低Hb目標群)を比較した。高Hb目標群では死亡率が高い傾向がみられた(34%増加)が,統計学的有意差は認められなかった(P=0.14)13)。
(2)CHOIR試験(Correction of Hemoglobin and Outcomes in Renal Insufficiency)
2006年に発表された1432例の透析前CKD患者を対象とした試験で,同じ薬剤(エポエチン アルファ)を用いて,Hb値を正常域近く(13.5g/dL)まで積極的に補正する戦略と,11.3g/dL程度に維持する戦略を比較した。高Hb目標群では,死亡・心筋梗塞・心不全入院・脳卒中からなる主要複合エンドポイントが34%増加し(HR 1.34,P=0.03),QOL改善も限定的であった14)。
(3)TREAT試験(Trial to Reduce Cardiovascular Events with Aranesp Therapy)
糖尿病を合併した透析前CKD患者4038例を対象とした二重盲検プラセボ対照試験で,ダルベポエチン アルファを用いてHb目標値13.0g/dLをめざす群と,プラセボを基本とし,必要時のみ救済的治療を行う群を比較した。心血管イベントおよび腎イベントの主要複合エンドポイントに有意差は認められなかった一方,Hb値を高く目標設定した群では脳卒中リスクが約2倍に増加した(HR 1.92,95%CI 1.38~2.68,P<0.001)15)。
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これらの試験結果を受けて,FDAはESAの添付文書に警告を追加し,ガイドラインも変更された。具体的には2012年のKDIGOガイドラインでは,ESAを用いてHb 13g/dLを超える濃度を意図的にめざすことは推奨されないと明記された16)。現在の推奨はHb 9~10g/dLでESA開始を検討することとなっている。
その後のガイドライン改訂を経て,最新の2026年のKDIGOガイドラインでは,治療目標を達成・維持するために可能な限り最低用量のESAを投与することが推奨されている17)。さらに言えば,ESA使用が高血圧,血栓によるシャント閉塞のリスク増加と関連し,一部解析では死亡リスク増加の可能性も示唆されている。そのため現在の臨床実践では,輸血回避と貧血関連症状軽減の潜在的利益と,心血管リスクなどの害のバランスを個別化することが重要とされている。
なお,日本のPREDICT試験でも高Hb目標の明確な利益は証明されず18),海外試験や国際ガイドラインと整合的な結果であった。


