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【識者の眼】「ジェンダー議論の死角─ガラスの地下室」河野恵美子

登録日: 2026.08.10 最終更新日: 2026.08.10

河野恵美子 (大阪医科薬科大学一般・消化器外科)

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前稿(No.5337)では、実力と昇進機会の乖離を生み出す構造として「ガラスの天井」について触れた。ガラスの天井とは、十分な素質や実績を備えている女性やマイノリティが一定の職位以上へ昇進することを阻む現象を示す概念である。2025年、日本初の女性総理が誕生し、この言葉は社会的にも広く共有されるようになった。

しかし、ジェンダーをめぐる議論には、これまで見落とされがちであったもう1つの概念が存在する。「ガラスの地下室」である。1993年に米国の社会学者ワレン・ファレルが提唱したこの概念は、「ガラスの天井」が上昇を阻む障壁を指すのに対し、男性が危険性や負担の大きい役割を当然のように担っている社会構造を示す。土木・建設現場や危険作業など、身体的リスクを伴う職種の多くを男性が担っているという現実は、長らく問題として十分に意識されてこなかった。こうした構造的困難は認識されにくく、議論の俎上に載ることも少ない。存在していながら語られない─それが「ガラスの地下室」という比喩である。

日本では、男性の自殺者数は女性のおよそ2倍で推移している。「自殺総合対策大綱」には、自殺はその多くが追い込まれた末の死であり、多くは防ぐことのできる社会的な問題であると示されている。自殺の背景には多様な要因が存在するが、男性は「責任を担うべきである」「弱さを見せてはならない」といった社会的規範は、問題を個人に帰属させ、支援を求める行動を抑制する方向に作用しうる。その結果、問題をひとりで抱え込み、選択肢が狭められた末に行き詰まる構造が指摘されている。

こうした役割規範に起因する構造は、医療現場においても例外ではない。強い責任や長時間拘束を前提とする働き方は、「常に対応できる者」の存在によって支えられてきた。その結果として女性の参入障壁が生じた一方で、男性側には過重な負担や役割期待が集中してきた。

ジェンダーの議論は、しばしば女性のための課題として語られてきたが、男性側に生じてきた課題は十分に取り上げられてこなかった。ガラスの天井とともに、ガラスの地下室の存在を認識することは、ジェンダーをめぐる問題理解に新たな視点をもたらす契機となる。

河野恵美子(大阪医科薬科大学一般・消化器外科)[ジェンダー議論][ガラスの地下室

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