2 実際の経過
前震・本震時ともに,夜中にもかかわらず,当院の350人以上の職員が自主参集した。4月16日の本震当日はけがをしたり体調不良を訴えたりする333人の患者が受診した。混乱の中で情報の共有を図るため,各部署,特に災害対策本部と救急外来の壁にホワイトシートを貼り,時系列で出来事を記載した。後日プリントやデジタルカメラ記録をするchronologyという手法で,DMAT(disaster medical assistance team)等でよく行われる。図1に救急外来から入院した患者のchronologyを示す。左端が4月14日の前震からの入院患者の通し番号であるが,本震翌日4月17日朝,67番目の患者から異変が発生した。67番目から10人の間に,なんと6人の患者が肺塞栓症で入院となった。時間帯は,7時45分から午前中に集中していた。

次から次へと肺塞栓症患者が搬送されてくるこの状況は非常に異様であり,我々医療関係者の中にもどよめきが起こった記憶がある。実はこれ以外に,DOAC(direct oral anticoagulant)を処方され帰宅となった軽症患者(non massive type)が1人いるので,実際には4月17日の1日だけで7人の肺塞栓症患者が当院を受診したことになる。全員が車中泊をしていた。通常の状況であれば当院で治療するが,インフラ等,病院の機能に不安があったため,早々に他院(他県)へのヘリ搬送を決定した。情報の混乱を避けるために,搬送先は我々(当科)が手配することができず,災害対策本部およびドクターヘリの間で一括して判断してもらった。そのため患者を搬送する直前まで搬送先がわからない状況であった。結局この日は,3人の肺塞栓症患者を佐賀県の病院に引き受けて頂いた。4月17日の肺塞栓症早期多発を受け,避難所や車中泊で過ごしている被災者へ向け,同日午後にFacebookでの注意喚起を行った。シェア4000件,リーチは40万件と,かなりの人々が何らかの反応を示し,まずまずの注意喚起の効果はあったのではないかと思われた。
しかし,翌4月18日も肺塞栓症が止まらない。午前中(6時30分~10時)に4人の肺塞栓症患者が入院となった(図2)。こちらもすべて車中泊をしていた。うち1人は来院時から既にショック状態であり,すぐに経皮的心肺補助装置(percutaneous cardiopulmonary support:PCPS)装着の上,モバイルCCUで久留米大学まで搬送となった。

4月17日,18日の2日間で計11人の肺塞栓症患者が入院したことになる(表1)。前年(2015年)の1年間で当院に入院した肺塞栓症患者は計27人であり,2日間で既に前年の40%近い肺塞栓症入院患者が発生したことになる。この状況はさすがに異常と考え,同日午後にテレビ局に取材を依頼し,一般の被災者に向けてエコノミークラス症候群の成因や予防法について説明し,放送して頂いた。この放送の反響が大きく数多くの問い合わせがあったため,4月19日に記者会見を行った。私たちの経験したことのないきわめて異常な状況であることを多くの報道局に伝えて頂いたところ,同日夕方,エコノミークラス症候群を今夜までに周知徹底させるようにという,安倍総理大臣からの緊急声明が発表された。これで一連の周知活動に弾みがついたのか,4月19日の夕方以降は,ごく軽度の肺塞栓症が1人発症したのみとなっている。

3 当院を受診した肺塞栓症患者の特徴
表1に熊本地震で4月17日,18日の2日間に当院を受診した肺塞栓症患者の特徴をまとめた。全例が車中泊をしており,朝起床後に発症していた。平均年齢62.8歳で,ほとんどが女性であった(81.8%)。前年(2015年)の肺塞栓症患者は平均年齢72.6歳で,女性は少なかった(33.3%)。震災時の肺塞栓症患者の比較的若くて女性が多いという特徴は,同規模の地震である新潟県中越地震の報告と一致するものであった。発症地域は2015年の範囲内にほぼ収まっており,特に遠方から搬送されたというわけでもなかった。近隣施設の協力も大きく,幸い全例が生存・自宅退院できていた。大きな特徴として,ごく短期間の車中泊で発症した例が多いことが挙げられる。平均車中泊数はわずか1.8泊であった。1泊で発症したものが5例も認められ,中には8時間という短期間で発症した例もあった。重症度と泊期間に有意な関係は認めなかった。