
序論:急性膵炎における輸液療法の重要性
急性膵炎は,膵臓が自己消化を引き起こすことによって発症する急性炎症性疾患である。約20%は重症化し,多臓器不全(multiple organ dysfunction syndrome:MODS)を合併して致死的な経過をたどる1)。そのため,発症早期からの集学的治療が予後を大きく左右し,中でも,輸液管理は治療の根幹をなす。
急性膵炎の病初期には,全身性の炎症反応や血管透過性の亢進により,有効循環血液量が減少する。その結果,腎血流や膵血流が低下し,臓器虚血や膵壊死の進行をまねく。したがって,適切な輸液を行い,循環血液量と臓器灌流を維持することがきわめて重要である。
近年,急性膵炎の輸液管理に関するエビデンスが蓄積されてきた。それにより,従来経験的に行われてきた一律かつ積極的な大量輸液は,発症からの時間経過や患者ごとの循環動態を十分に考慮しない場合,過剰輸液に陥りうることが明らかとなってきた。過剰輸液は,間質液貯留,肺水腫,腎うっ滞,心不全,腹部コンパートメント症候群(abdominal compartment syndrome:ACS),敗血症などを引き起こし,かえって重症化や予後悪化をまねく可能性が指摘されている2)。
こうした背景を受け,現在の輸液管理は「どれだけ入れるか」という量的視点から,「発症からの時間経過(時間軸)に応じて,いつ・どのフェーズで・どの指標を用いて調整するか」を重視する戦略へと転換している。すなわち,急性膵炎における輸液療法は,量依存型から,時間軸と頻回の再評価に基づく目標指向型アプローチへとパラダイムシフトしつつある3)。
本稿では,具体的な症例を提示し,診断時から初期治療(急性期),回復期,退院に至るまでの輸液管理について,最新のエビデンスを交えて概説する。
症例
50歳,男性。身長170cm,体重60kg。
主訴:心窩部痛,背部痛,嘔気・嘔吐。
現病歴:昨晩,職場の会合で大量飲酒後,深夜から心窩部痛が出現。徐々に増強し,嘔吐を繰り返したため,翌朝,救急搬送された。
既往歴:高血圧症,脂質異常症(定期通院をしなくなった)。
生活歴:連日の飲酒(ビール500mLを3缶,日本酒1合程度),喫煙歴あり。
バイタルサイン:血圧120/88mmHg,心拍数(HR)100回/分,呼吸数24回/分,体温37.5℃,SpO2 96%(room air)。
意識レベル:JCS I-1。
身体所見:心窩部に強い圧痛・筋性防御あり。腸音微弱。皮膚・粘膜の乾燥あり。
【血液検査(抜粋)】
WBC 1万8000/μL,Hb 16.5g/dL,ヘマトクリット(Ht) 48%,AST 120U/L,ALT 80U/L,LDH 450U/L, 血清アミラーゼ 3500U/L,リパーゼ 4200U/L,血中尿素窒素(BUN) 25mg/dL,Cr 1.2mg/dL,CRP 2.5mg/dL,血糖 180mg/dL,Ca 8.0mg/dL,乳酸 2.8mmol/L。
【画像検査】
腹部超音波検査:胆石なし。膵臓の腫大・周囲の液体貯留を認める。
腹部造影CT検査(後日実施):膵臓の軽度腫大と膵周囲の炎症性変化(脂肪織の混濁)を認める。膵壊死像は明らかではない。
❶ 急性膵炎:不均一な疾患
•急性膵炎の臨床経過は,発症からの時間経過とともに多様であり,症例ごとに異なる経過を示す(図1)4)。
•重症度に関連する因子はいくつか報告されているものの,発症早期の段階で個々の症例がどのような経過をたどるかを正確に予測することは困難である5)。

❷ 急性膵炎の病態
1 膵腺房細胞内での始まり
急性膵炎は,①膵管の閉塞(胆石嵌頓などによる膵管内圧上昇),②膵腺房細胞の障害(アルコール,高脂血症,薬剤など),③細胞内輸送不良を契機として発症する。これらの誘因により,膵腺房細胞内で持続的なカルシウム(Ca2+)の過剰負荷が生じ,病態進展の起点となる(図2)6)。

2 酵素の異所性活性化と自己消化
Ca2+の過負荷をきっかけに,消化酵素前駆体を含む顆粒(チモーゲン顆粒)とリソソームが同じ場所に集まり,共局在化(co-localization)が起こる。すると,酸性環境下でリソソームに含まれるカテプシンBがトリプシノーゲンをトリプシンへと,本来とは異なる場所で活性化(異所性活性化)してしまう。活性化したトリプシンは,エラスターゼやホスホリパーゼA2など他の消化酵素も次々に起動し,膵組織の自己消化が進行して細胞障害・壊死を引き起こす。
3 全身性炎症反応症候群(SIRS)への波及
局所で生じた細胞障害・壊死に伴い,損傷関連分子パターン(damage-associated molecular patterns:DAMPs)や炎症性サイトカイン(TNF-α,IL-6など)が放出される。これらが血流に乗って全身へ波及することで,炎症は局所にとどまらず,全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome:SIRS)を呈しうる。