- はじめに:突然,症例報告が襲ってきた!
- 学会で症例報告をすることになったら
- テーマを決定しよう
- 評価尺度を用いて効果をきちんと数値的に示そう
- 発表する学会を決めよう
- 抄録作成前:症例報告のガイドラインを熟読しよう
- 抄録作成:抄録を作成して演題登録しよう
- 発表準備①:スライド・ポスターを作成しよう
- 発表準備②:予演会で意見をもらおう
- 発表当日:発表と質疑応答のポイント
- 論文化をめざそう
- おわりに
❶ はじめに:突然,症例報告が襲ってきた!
皆さんは,日々一生懸命に臨床に取り組んでいることと思います。対象者のために,わからないことを調べたり,新しいことを試みたり,うまくいかずに落ち込んだりしながら,前に向かって歩んでいるはずです。その日々の臨床に新たな彩りを与えるのが「症例報告(ケースレポート)」です。
症例報告と聞くと,ハードルが高いと感じるかもしれません。しかし,日々,臨床を行っている皆さんは,対象者について同僚や先輩・後輩,多職種の方々と様々な議論や勉強をしているはずです。職場によっては,ケースカンファレンスという形で定期的に話し合いが行われている施設もあるでしょう。症例報告は,その延長線上にある,最も身近な学術活動です(図1)。

ここで,「普段行っている『勉強』と『症例報告・研究』は何が違うの? 」と疑問に思う方がいるかもしれません。臨床で疑問が湧いたときに,私たちはまず「勉強」をすると思います。参考書や論文を読み,既にわかっていること(正解)を探す作業です。「勉強」と「症例報告・研究」の違いを端的に示すと,図2のようになります。両者の違いを理解した上で,どうやって症例報告を進めていけばよいのか,具体的に説明していきます。

症例報告を行う意義はいくつもありますが,最も大きいのは「自身の臨床能力の向上」です。先輩への相談やケースカンファレンスの準備,リハビリテーションサマリーの作成など,日々の臨床の中にもアウトプットの機会はありますが,これらに比べて症例報告として学会発表や論文執筆を行うことで,対象者のことをより深く考えることができます。また,学会発表のために自分でまとめること,その後,他者から指摘を受けること,というプロセスを経ることが,とても良い振り返りの機会となり,臨床にも良い影響を与えてくれます。
ほかにも,「自身の臨床が世界とつながる」という意義があります(やや大げさかもしれませんが)。学会発表では,興味を持ってくれた方や,類似の経験を持つ方とディスカッションできますし,学術論文という形までいけば,その症例報告はずっと残りますので,未来の対象者のために役立つ可能性もあります。そんなふうに考えると,少し症例報告を行ってみたくなりませんか?
本稿では,症例報告の実際について,初めて学会発表をする理学療法士(physical therapist:PT)向けに,症例報告の基礎から説明していきます。
❷ 学会で症例報告をすることになったら
指導者PT 今,担当している脳卒中のAさんだけど,すごく回復したよね?
若手PT そうですね。一般的な予後予測を超えて良くなっていると思います。
指導者PT そうだよね! じゃあ,その知見はたくさんの方に知ってもらったほうがよいから,今度,学会で症例報告として発表しようか!
若手PT えっ!? 学会で発表ですか……? 症例報告なんて,学生のときにやっただけですよ。
指導者PT 大丈夫,大丈夫。症例報告にもほかの研究と同じように報告の仕方の型のようなものがあるから,それに当てはめていけば,ちゃんと形になるよ。
若手PT そうなのですか!? それなら,チャレンジしてみたいと思います!
学会発表をする方が毎年いたり,良いメンターがいたりする施設では,上記のようなやり取りを通じて若手の方に発表の誘いがあるのではないでしょうか。「何から始めればよいの?」といきなり方法を考えてしまいがちですが,まずは,症例報告について,以下の2点から理解を深めましょう。


1 養成校時代に行った症例発表との違い
理学療法士になるためには,一定時間以上の臨床実習が必要です。そのため,皆さんは養成校時代に,数週間にわたり病院・施設・訪問などでの実習を行っているはずです。多くの養成校では,実習後に症例発表会を行っているため,ほとんどの方は症例発表の経験があるはずです。これが「症例報告」だと思っている方もいるかもしれませんが,それは違います。養成校で実施した症例発表は,勉強の要素を多分に含む単なる症例の経験のまとめであり,研究の領域である学術活動としての症例報告とは異なります。
養成校での実習は,大きく以下のように評価実習と臨床実習にわけられます(表1)。

これら2つの実習を通して,学生として対象者に対する一般的な理学療法を初めて経験し,その内容をまとめる作業が,養成校での症例発表になります。しかし,その中には,症例報告として重要な要素(稀な事象,新しい疾患・障害に対する評価・治療,予想外の臨床経過など)が含まれていないことが多いため,両者の違いをしっかりと理解しておくことが,最初のステップとなります。
症例報告の重要な要素として,新しい発見やまだ答えの出ていないことを報告すべきであることがわかりますね。これを「新奇性」と呼びます。第3章で解説しますが,症例報告とは少なくとも何らかの新奇性を有する臨床経験や観察,介入などを他者と共有する作業です。
2 症例報告(ケースレポート)と症例研究(ケーススタディ)の違い
具体的な症例報告の話題に入る前に,もう1つ,症例研究との違いを確認しておきたいと思います。名前は似ていますが,図1で示した通り,症例報告は臨床と研究の中間に位置するのに対し,症例研究は完全に研究側に位置します。両者の違いは目的にあります。症例報告の目的は,臨床を振り返り考察することで知見を導き出すことにあります。一方,症例研究の目的は,仮説(たとえば介入効果など)を臨床で検証することにあります。表2に両者の違いをまとめましたので,ご確認下さい。

今回,解説している症例報告の重要なポイントは,「後ろ向きにまとめ・考察を行う」という部分で,新たに評価・介入を行うのではなく,既に行ったものを振り返り報告することです。この部分を混同してしまう方も多いので,注意して下さい。症例報告がどのようなものかわかったところで,次の章からは症例報告の実践に移っていきます。
❸ テーマを決定しよう
指導者PT 養成校時代に行った症例発表と症例報告・研究との違いがわかったと思うけど,そろそろまとめていけそう?
若手PT まだ,無理ですよ! 著明な改善を示したAさんで報告することは決まっていますが,テーマをどうすればよいかわかりません。先輩は,どんなテーマが良いと思って声をかけてくれたのですか?
指導者PT そうだね。じゃあ,次はテーマの決め方について見ていこう!
1 ラーニングポイントを明確にしよう
テーマを決める際に,症例報告を行う上で最も意識しておくべきことを最初にお伝えします。それは「ラーニングポイント」を決定することです。症例報告は,あなたが経験した症例をまとめて,他者へ「何を学んだのか? 何を共有しようと思ったのか?」を伝えることが目的ですので,単に「経験した」ではダメなのです。ラーニングポイントを意識して,自分のためでなく他者のために書くことが最も重要なのです。ラーニングポイントさえ明確になってしまえば,症例報告はある意味,できたも同然です。
2 文献検索
ラーニングポイントを決定するために欠かせない作業として,最初に行うべきなのが文献検索です。今までわかっていることをしっかり把握していないと,自分が「新しい」「重要」と思ったとしても,他者は既にそれをほかの情報から十分に知っている可能性があるからです。詳細な検索の仕方については専門書1)にゆずり,ここでは簡単に文献検索のイメージをお伝えしたいと思います。
文献検索は,「大きい情報」と「小さい情報」を意識して行いましょう。大きい情報とは,有名もしくは大規模な研究,システマティックレビュー,エビデンスとして確立されている情報のことを指します。一方で,小さい情報とは,ほかの方が書いた症例報告など,自分と同じような視点から得られる情報を意味します。まずは,ラーニングポイントに関連すると思われる大きい情報をしっかりと収集しましょう。そうすることで,自分が語りたい領域の常識や,これまでの流れを把握することができます。ただし,この大きい情報だけに頼ると,論理が一般論的になってしまいがちです。そのため,小さい情報も必要となります。小さい情報として症例報告をたくさん読むことで,自分の症例との類似点や相違点を明確にすることができます。それが,新奇性になりますね。ということで,文献検索では情報の大きさを意識して,先行研究でわかっていることをしっかり理解しておきましょう。
3 ラーニングポイントになる要素とは?
ラーニングポイントが重要ということがわかっても,何をラーニングポイントとしてよいのか悩む方は多いと思いますので,一般的にどのような症例報告がよいとされているのかを追加で説明します。まず,理学療法やリハビリテーションの領域における症例報告の目的は,新たな仮説を生成することや,意義のある(新奇性や稀少性)事象を報告し教訓を示すことでした。これらをふまえて,医学における症例報告の価値は,以下の要素が重要とされています2)(表3)。

これらすべての要素を含めることは困難ですので,どれか1つに着目してテーマを設定すると,他者に伝わりやすくなるでしょう。また,それを意識しておくことで,抄録作成時に内容が不明確にならずにすみます。
理学療法士が陥りやすいミスとして,個人の価値観や技術の高さを主張するようなテーマを設定してしまうことがありますが,これは学術的にはNGです。学術では再現性がとても重要で,それが担保されることで初めて,他者にも適応可能であることを示す一般化可能性を提示できるからです。
4 失敗や反省から学ぶ症例報告
研究ではネガティブな結果は報告されにくいことがありますが,症例報告では異なります。臨床的に良好な経過をたどった症例だけが価値があるとは決して言えないからです。皆さんも,難渋したケースを担当した経験があるはずです。不良な経過をたどったり,予期せぬ有害事象が起こったりしたケースでも,ラーニングポイントが明確となり,そこから何らかの仮説や教訓を導き出すことができれば,報告の価値が十分あると思います。失敗や反省から学ぶ症例報告もあるということを,ぜひ知っておいて下さい。
