●ボツリヌス症とは1)2)
ボツリヌス症は,主としてClostridium botulinum(ボツリヌス菌)および関連するClostridium属菌が産生するボツリヌス神経毒素に起因する神経麻痺性中毒症です。芽胞は土壌,粉塵,水系堆積物などの環境中に広く分布し,嫌気性条件下で発芽・増殖して毒素を産生します。曝露経路としては,毒素を含有する食品の摂取,創傷部位での毒素産生,乳児等における腸管内産生,ならびに医療・美容目的の注射製剤を介した曝露が挙げられます。本症はヒトからヒトへ伝播する感染症ではなく,美容医療関連事例では,無認可製品,過量投与,不適切な稀釈・保存管理,または安全性が担保されない注射手技などが発症要因となりえます。
臨床的には,脳神経麻痺を初発とし,複視,霧視,眼瞼下垂,嚥下障害,構音障害,口渇等を呈し,その後,左右対称性の下行性弛緩性麻痺をきたします。重症例では呼吸筋麻痺による呼吸不全に至るため,早期診断と呼吸管理を含む支持療法が重要です。食餌性ボツリヌス症では曝露後12~72時間で発症することが多いですが,発症までに数日を要する例もあります。治療は,医療機関での速やかな評価,適応例に対する抗毒素の早期投与,必要に応じた人工呼吸管理を基本とします。予防には,食品衛生管理,創傷管理,注射薬物使用の回避に加え,美容施術における承認製剤の適正使用と有資格者による実施体制の確保が不可欠です。日本では,感染症法において四類感染症に指定されています。
●英国で美容医療関連のボツリヌス症のアウトブレイクが発生2)3)
2026年5月27日,英国リーズにおいて美容施術に関連したボツリヌス症疑い例が追加で2例報告されました。これに先立ち,リーズ周辺の国民保健サービス(National Health Service:NHS)施設を受診した少数例も確認されていますが,正確な患者数および人口統計学的情報は公表されていません。英国健康安全保障庁(UK Health Security Agency:UKHSA)は,地域の公衆衛生チーム,医薬品医療製品規制庁等と連携し,汚染源および追加対策の要否について調査を継続しています。
英国ではボツリヌス症の発生は稀ですが,2025年夏にも無認可の美容注射製品に関連する症例が少なくとも38例記録され,その多くはイングランド北東部で発生していました。これらの事例は,無認可または偽造製品の流通,不適切な保管・使用,施術者の資格管理の不備が,公衆衛生上のリスクとなりうることを示しています。注入型美容施術の需要拡大に伴い,製品のトレーサビリティ確保,認可施設・有資格者による施術,施術後の眼瞼下垂,嚥下困難,複視等の神経症状の早期認識が重要です。UKHSAは一般市民に対し,信頼できる供給元の製品を用いた,有資格者による施術を選択するよう注意喚起するとともに,医療従事者に対しては,最近美容施術を受け神経学的症状を呈する患者ではボツリヌス症を鑑別疾患に含め,適切に評価・経過観察するよう求めています。
日本においても美容医療が広がってきていますので,英国で発生したような美容医療関連のボツリヌス症についても注意が必要です。
【文献】
1) 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト:ボツリヌス症. (2026年6月21日アクセス)
2) UK Health Security Agency:Botulism:clinical and public health management. (2026年6月21日アクセス)
3) BBC:Further suspected botulism cases after beauty jabs. (2026年6月21日アクセス)

石金正裕 (国立国際医療研究センター病院国際感染症センター/ AMR臨床リファレンスセンター/WHO協力センター)
2007年佐賀大学医学部卒。感染症内科専門医・指導医・評議員。沖縄県立北部病院,聖路加国際病院,国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)などを経て,2016年より現職。医師・医学博士。著書に「まだ変えられる! くすりがきかない未来:知っておきたい薬剤耐性(AMR)のはなし」(南山堂)など。