
❶ 日本の高血圧診療の現実を直視することから始めよう
(1) 日本の高血圧診療の現実

2025年8月29日に「高血圧管理・治療ガイドライン2025(JSH2025)」1)が発刊された。高血圧の診断・治療は日常臨床で最もありふれたものと認識されており,各種医療メディアが実施する医師に対するアンケート調査において,治療満足度No.1の疾病とされる(対極にあるのがパーキンソン病などの神経難病である)。では,日本の高血圧の「管理」は十分なのであろうか。
JSH2025の冒頭に記された疫学データによれば,高血圧患者数は約4300万人で,過去3回のガイドライン改訂を通じてまったく変化していないにもかかわらず,高血圧に起因する死亡者数は約17万人/年と,「高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)」2)よりも約7万人も増加している。この“約7万人”という数は,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が最も流行した2022年の死亡者数約5万人や,2025年の年間自殺者数約2万人と比較しても大変大きな数であることが容易に想像される。
さらに,降圧目標の達成,いわゆるコントロール率を国際比較すると,日本は先進国内でワースト2位の状況で,これはお隣の韓国の約半分という惨憺たる有様である(図1)1)3)。この事実は,「高血圧を診断し,治療していること」と「死亡や心血管イベントを防げていること」が必ずしも一致しないということを示している。

(2) JSH2025をいかに活用するか

JSH2025が提示している最大のメッセージは,新規エビデンスの追加そのものよりも,治療が十分に実装されていない現状への問題提起である。外来診療では,ある程度の降圧が得られていれば治療強化を見送り,「次回も同様であれば検討する」といった判断が繰り返されやすい。このような診療における惰性(clinical inertia)は,米国心臓協会(AHA)/米国心臓病学会(ACC)ガイドライン4)や欧州高血圧学会(ESH)ガイドライン5)においても心血管リスク増大の要因として指摘されてきた。
JSH2025は,日本の診療文化や医療提供体制をふまえつつ,このclinical inertiaにどう向き合うかを重視している点に特徴がある。すなわち,「何をすべきか」ではなく,「なぜ,それが行われていないのか」という問いを内包したガイドラインである。本稿では,JSH2025を単なる推奨事項の整理としてではなく,実地医家が自らの診療を点検し,改善につなげるための実装指針として位置づけ,その具体的な活用法を紹介する。
❷ 「知らんぷり高血圧」の実態
(1) 高血圧診療のパラダイム・シフト

JSH2025の最大の特徴は,タイトルが示す通り「高血圧治療ガイドライン」から「高血圧管理・治療ガイドライン」へと名称が変更されたことにある。この変更は単なる呼称の問題ではなく,高血圧診療のパラダイム・シフトを象徴している。従来のガイドラインが「診断された高血圧に薬を処方する」という疾病管理型のモデルに基づいていたとすれば,JSH2025は「高血圧のリスクを生涯にわたって包括的に管理する」という視点に立脚している。
また,JSH2025委員会委員長を務めた大屋祐輔先生は,「エビデンスを並べるのではなく,実地医家が診察室の机の上に置いて使えるガイドラインをつくる」というコンセプトを作成時に常に繰り返し強調された。そのため,作成・執筆委員にも筆者を含めた実地医家が入ったほか,患者代表や各学会代表も加わり,全委員の利益相反(conflict of interest:COI)が公開され,ガイドライン作成の教科書と言われるMindsに基づいて作成されている。
(2) 「知らんぷり高血圧」を管理する

前版JSH2019の発刊から6年を経て行われた改訂の背景には,国際的なエビデンスの蓄積と,前述のわが国の悲惨なコントロール率がある。日本人の収縮期血圧の平均値は図2 1)に示すように徐々に低下している。この事実にもかかわらず,患者数は横ばいで,死亡者数は増加している。

コントロール率が悪いという状況の説明として,I度高血圧(診療室血圧で収縮期血圧140mmHg台前半,家庭血圧で130mmHg台後半ぐらい)の患者が放置されている実態が浮かび上がる。患者も医師も,高血圧の診断が行われ,治療もされているし,特に自覚症状にも問題がない状況のため,「これぐらいでいいんじゃないの」「そうですね」で降圧目標未達のまま放置されているのである。これを称して,旭川医科大学の循環器内科教授を務められていた長谷部直幸先生は「知らんぷり高血圧」と命名された。

一方で,医師を対象としたアンケート調査において,高血圧は最も治療満足度の高い疾患とされる。I度高血圧患者の血圧を降圧目標まで下げることで,脳卒中の20%は予防できるとされており,知らんぷり高血圧を放置することこそがclinical inertiaであることを最初に理解しなければならない。「診断・治療はしているが,管理ができていない」という現実を直視して頂きたい。JSH2025が打ち出した「攻めの高血圧管理」は,開業医をはじめとする第一線の医療者に向けた明確なメッセージである。
❸ 家庭血圧の正しい測定と記録を行うために血圧手帳を活用する
(1) 家庭血圧が高血圧の診断・治療の要となる
家庭血圧が高血圧の診断・治療の評価において中心的役割を担うことは,既に実地医家に広く理解されている。JSH2025においての高血圧の診断基準は,JSH2019から変更なく,「家庭血圧135/85mmHg以上」と定義されているが,降圧目標として「125/75mmHg未満」が明確に設定された点が重要である。

家庭血圧が高血圧の診断・治療の要となるということは,患者が自宅で正確に測定し,記録することが求められるということである。多くの患者は血圧手帳に家庭血圧を記載し,外来受診時に持参するのが通例である。しかし,COIの観点から製薬企業による血圧手帳の医療機関への無料提供は激減しており,医療機関が購入し,お薬手帳のように患者に配布する必要がある。
(2) 血圧手帳の活用
日本高血圧協会では,JSH2025の改訂内容に準じて改変を行い,新しい血圧手帳を発行している6)。この手帳が非常によくできており,1冊平均100円で(大量購入すれば単価はさらに安くなる)購入可能であるので,強く推奨したい。特に前半に書かれている内容が初診時に役立つため,ページを開いて患者に見せながら指導を行うとよい。冒頭に血圧管理の目安が書かれているので(図3)6),医師は「自宅で測って125/75mmHg未満になるように一緒に頑張りましょう」と患者に告げて,家庭血圧の目標値の空欄箇所に「125/75」と目の前で書き込んでいく。

JSH2025では年齢にかかわらず降圧目標がシンプルになったので,迷うこともない。そして,右ページに書かれている「家庭での血圧の測り方」について指導を行う。大切なことは「1回目から記録する」「4回以上測定しない」「薄手のシャツ1枚であればシャツの上から測ってもよい」「上腕タイプの血圧計を選ぶ」ことである。

起床後1時間以内,排尿後,坐位でという条件をクリアするためには「朝食前に食卓で測定して下さい」と説明するのが適切である。あとは,同じ場所で寝る前にも測定し,測定値はすべて記録するように指導する。冬の寒い時期でも,朝食前には部屋も少し暖まっており,再現性の高いデータが得られる。家庭血圧の測定と記録がきちんとできているかどうかが,治療の成否を大きく左右する。Bluetoothを使って血圧計の情報をスマホに転送できるものや,血圧計の表示をスマホで撮影すれば情報をデータ化できるものもあるので,スマホを活用できる患者であれば,受診時にスマホの中の情報を確認することでも代用可能である。

