●ニパウイルス感染症とは1)2)
ニパウイルス感染症は,感染動物(コウモリなど)や感染動物の唾液・尿・排泄物で汚染された食品を介してヒトに伝播する人獣共通感染症です。感染者との密接な接触によるヒトからヒトへの直接感染も起こりえます。
オオコウモリ属(Pteropus)がウイルスの自然宿主です。潜伏期間は3~14日で,稀に最大45日の潜伏期間が報告されています。診断は,急性期および回復期に複数の検査を組み合わせて実施することにより可能で,主な検査法は体液からのRT-PCRおよびELISAによる抗体検出です。ヒトへの感染症状は無症状から急性呼吸器感染症(軽症~重症),致死的な脳炎(脳浮腫)まで多岐にわたります。感染者は初期に発熱,頭痛,筋肉痛,嘔吐,咽頭痛などの症状を示し,その後,めまい,眠気,意識障害,急性脳炎などの神経学的徴候が現れることがあります。非定型肺炎や急性呼吸窮迫症候群を含む重篤な呼吸器障害を呈する例もあります。重症例では脳炎や痙攣が生じ,24~48時間以内に昏睡状態へ進行します。日本では感染症法の4類感染症で,診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出る必要があります。
●インドから医療従事者2名のニパウイルス感染症が報告1)
2026年1月26日,インドの国際保健規則(International Health Regulations:IHR)国家連絡窓口は,西ベンガル州バラサットの同じ民間病院に勤務する2名の医療従事者がニパウイルス感染症と診断されたことをWHOに報告しました。両者は20~30歳代の看護師で,2025年12月下旬に典型的な重症症状を発症し,2026年1月上旬に入院。1月13日にプネー国立ウイルス研究所でRT-PCRおよびELISAにより感染が確定されました。1例は人工呼吸器管理が必要な重症,もう1例は重篤な神経症状を呈したものの回復しました。インド当局は医療従事者や地域住民など190名以上の接触者を特定し検査を実施しましたが,全員が陰性でした。
今回の発生は西ベンガル州で3度目となり(過去の発生は2001年シリグリ,2007年ナディア),感染源調査や監視体制の強化,感染予防・管理措置が進められています。現在,ニパウイルス感染症に対する認可医薬品やワクチンは存在しませんが,早期の支持療法により生存率は向上します。WHOはニパウイルスがもたらすリスクを,地方レベルでは中程度,国家・地域・世界レベルでは低程度と評価しています。
ニパウイルスは,高い致死率のためWHOの「将来のアウトブレイクやパンデミックを引き起こす可能性のある優先病原体リスト」に含まれています。これまで日本ではニパウイルス感染症の報告はありませんが,世界各国への渡航が容易になっている現在では,輸入例が報告される可能性もあります。特に今回は医療従事者の感染例で,現時点では感染経路が不明です。タイや台湾などの一部の国では警戒態勢を強めているという報告もあります。ニパウイルス感染症は致死率が高く,抗ウイルス薬やワクチン等の有効な治療法が未確立です。感染源である動物との接触を避け,基本的な予防策を講じることが大切です。インドにおけるニパウイルス感染症の流行状況を注視しながら,過度に恐れず,公的機関からの正確な情報をもとに冷静な対応を心がけましょう。
【文献】
1) WHO:Nipah virus infection – India. (2026年2月2日アクセス)
2) 国立感染症研究所:ニパウイルス感染症(詳細版). (2026年2月2日アクセス)

石金正裕 (国立国際医療研究センター病院国際感染症センター/ AMR臨床リファレンスセンター/WHO協力センター)
2007年佐賀大学医学部卒。感染症内科専門医・指導医・評議員。沖縄県立北部病院,聖路加国際病院,国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)などを経て,2016年より現職。医師・医学博士。著書に「まだ変えられる! くすりがきかない未来:知っておきたい薬剤耐性(AMR)のはなし」(南山堂)など。