
❶ はじめに
高齢者にみられるいわゆる「腰曲がり」に代表される成人脊柱変形(adult spinal deformity:ASD)は,古くから存在する病態である。しかし長らく“加齢に伴う自然現象”として扱われ,積極的な治療介入は行われてこなかった。その背景には,保存療法では脊柱変形そのものを矯正することが難しく,根本的な治療効果が期待できなかったことが挙げられる。しかし近年,高齢者人口の増加と健康寿命延伸に対する社会的要求の高まり,そして脊椎インストゥルメンテーションをはじめとする医療技術の飛躍的進歩により,高齢者の脊柱変形に対する治療ニーズは急速に増大している。たとえば,ASD患者の健康関連QOLは,糖尿病,慢性呼吸器疾患,慢性心疾患,関節炎といったほかの代表的な慢性疾患と比較してSF-36® (MOS 36-Item Short-Form Health Survey)スコアが有意に低い1)ことが示されており,脊柱変形が患者の身体機能のみならず精神的・社会的健康にも強い悪影響を及ぼしていることが明らかになっている。
ASDの原因や背景は多岐にわたる。原因となる病態には,思春期特発性側弯症の残存変形,椎間板や椎間関節の変性による後側弯・後弯変形,骨粗鬆症性椎体骨折による後弯など,多様である。さらに,側弯・後弯・後側弯といった大局的なアライメント異常から,楔状椎や椎体回旋,骨盤傾斜の変化まで,多彩な形態異常が組み合わさって出現するという特徴がある。症状もまた多彩であり,腰痛・背部痛・下肢痛といった疼痛症状に加え,腹腔臓器圧排による胃食道逆流症(gastro esophageal reflux disease:GERD)や腹部不快感,体幹バランス不良に伴う歩行障害,易疲労性,転倒リスクの上昇などがみられる。また,姿勢異常による外観変化は整容(外見)心理的なストレスを引き起こし,社会参加の制限や抑うつ傾向をまねくことも少なくない。したがって,脊柱変形がどのような形態的特徴を持っているのか,アライメント異常が症状やQOL低下にどう直結するのかを理解することは,治療戦略をたてる上できわめて重要である。
本稿では,ASDについて,発生機序・病態生理・症状の特徴,放射線学的および機能的評価方法,そして手術治療の適応まで,現在得られている知見をもとに総合的に解説する。特に,脊柱骨盤のアライメント評価や,さらに高齢者の脊柱変形矯正手術にも触れている。今後の臨床実践に役立つ情報となれば幸甚である。
❷ 姿勢評価:脊柱骨盤アライメントの基礎知識
(1) 脊柱骨盤アライメントの加齢変化
日常診療で背中が丸くなり,体幹がやや前傾した高齢女性をみることが多くある。これは単なる姿勢の問題ではなく,加齢に伴う“脊柱骨盤アライメント”の生理的な変化によって生じている。脊柱骨盤アライメントとは,多くの骨が集合して構成されている脊椎・骨盤がどのような形になっているかを表す概念であり,姿勢評価に用いられる。定量化のために,立位のX線像を用いて角度や距離で評価される。多くの評価方法があるが,よく用いられるのは腰椎の前弯の角度,胸椎の後弯の角度,骨盤の角度,前傾姿勢の評価などである(図1)。腰背部症状や姿勢異常を理解するには,加齢による脊柱骨盤アライメントの自然経過を把握することが重要である。健常者や地域住民コホートを対象にした複数の研究から,加齢に伴って次のような変化が生じることが明らかになっている2)(図2)。


若年健常者では,側面から見ると胸椎後弯と腰椎前弯が調和した“S字状”のアライメントが保たれている(図2a)。加齢により変化が生じると,腰椎前弯の減弱,胸椎後弯の増強,骨盤後傾,膝屈曲などが進行し,体幹全体に軽度の前傾が見られる(図2b)。
どの部位から変性によるアライメント変化が生じるかには個人差がある。これらの変化の出現時期には性差があり,女性は60歳代から進行しはじめ,男性は70歳代後半から顕在化する傾向がある。男性は脊椎に変性が生じていても,比較的高齢になるまでアライメントが悪化しないケースが多い。ただし,脊柱骨盤アライメント評価は立位での静止状態で行われるため,可動する脊柱骨盤の状態を反映していない点が問題である。一方,女性では脊柱変形の主な要因のひとつである骨粗鬆症性椎体骨折が高齢期に高頻度で発生し,局所的なアライメントの悪化をもたらす。高齢女性では脊柱変形がより顕著に見られることも特徴のひとつである。

