在宅医療の現場で,「最後まで自分でトイレに行きたい」という患者さんの切実な願いに接することがあります。この一見シンプルに思える希望には,自己決定権,尊厳,生きる意味といった,患者さんの生を支える価値観が込められています。
終末期がん患者における歩行・座位保持・排泄動作といった基本的ADLの消失は,死亡の約1週間前に集中することが,多くの研究で報告されています。エビデンスは,臨床判断の重要な指標となりますが,それが患者さんの希望を諦めさせる根拠になってはいけません。むしろ,残された短い時間で何ができるかを模索するためのヒントとして活用すべきです。医学的な限界や安全面から「今は無理です」と制限しがちな現実がありますが,専門職の諦めない気持ちこそが,患者さん・ご家族の納得と,後悔のない看取りにつながるはずです。
今回は,「自分でトイレに行きたい」と希望する患者さんのケースを通して,この重要なテーマについて考えてみたいと思います。
Case:「自分の足でトイレに行きたい」
シオリさん(60歳代,仮名)は,在宅主治医から「家に帰ってきて,今一番したいことは?」と聞かれて,「自分でトイレに行きたい」と答えました。10年前に患ったがんが再発し,入院して治療を受けていましたが,治療ができない末期の状態になり,それなら家族と一緒にいられる自宅に戻りたいと退院したのでした。
シオリさんには,退院した木曜日に初めての訪問診療を行い,翌日の金曜日は看護師が訪問する,というように,診療と看護のスタッフがそれぞれ隔日で交互に訪問する体制をとっていました。退院から3日目の土曜日は,私が週末の当番医だったため,シオリさんの訪問診療に伺いました。
医療用麻酔で体の痛みがしっかりと抑えられていたこともあって,シオリさんはご家族の介助を受けながら,果物やアイスなど食べられるものを食べて,穏やかに過ごしていました。しかし,「家に帰ったらトイレに行きたい」と言っていたものの,入院中からつけていた尿道留置カテーテルはそのままだったので,排尿はカテーテルで,排便はおむつで行っている状態でした。それがどうしても嫌だったのでしょう。私が訪問する前日の深夜,ご家族が目を離した隙に,シオリさんは自分で歩いてトイレに行こうとして,ベッドからずり落ちてしまいました。落ちた場所から動くことができず,床にうずくまっているシオリさんを,ご家族が発見したのでした。そのため,ご家族から「トイレに行こうとして困る」という相談を受けたのです。