「精神科を受診したけれど、医師はろくに話も聞かず、薬を出しただけだった」という不満は、患者からよく聞かれる。また、身体科の医師から、「精神科に紹介しても抗不安薬や睡眠薬が増えるだけだから、もう紹介したくない」と言われることも少なくない。精神科医である筆者からみても、不適切に向精神薬を処方している精神科医が少なからず存在すると思う。
本稿では、筆者が特に気にかけている表題に対する主な理由を、①医師の問題、②医療機関の収益性、③医学自体がさらに検討すべき課題、④製薬企業の広告の影響、の4つに分類して簡潔に述べる。
①医師の問題
a.カフェイン摂取や昼寝などの生活習慣への指導を行わず、安易に睡眠薬を処方する。b.副作用が生じているにもかかわらず、原因となる薬剤を減らさずに、副作用症状の治療薬を追加する。c.精神疾患では、精神症状の悪化、向精神薬の副作用、さらには退薬症状は類似していることが多いのに、慎重な鑑別を行わずに精神症状の悪化と判断し、向精神薬を増量してしまう。d.複数の薬剤が処方されている場合の薬物相互作用に注意が払われていないため、多剤併用が多い。
②医療機関の収益性
a.医薬分業の進展により、処方量そのものによって収益が増加することは少なくなった。しかし精神科では、精神療法よりも薬物療法を中心とすることで診察時間を短縮し、一定時間内に診察できる患者数を増やすことで、結果として収益性を高めようとする傾向がみられる。b.入院医療においては、病棟スタッフの人数が限られており、スタッフの人員を増やせば病院の収益性が低下するため、人手不足を補う形で薬剤が増量されているようにみえる場合もある。
③医学自体がさらに検討すべき課題
a.併発症という概念の導入により、かつては「うつ病の症状としての不安」と考えられていたものが、「うつ病性障害と不安障害の合併」ととらえられるようになり、その結果、抗うつ薬と抗不安薬の併用が増えている可能性がある。b.うつ病や統合失調症において、症状消退後の維持療法をどの程度行うべきかは、一般の方の関心も高く、わかりやすい議論が求められている。c.認知症症状の改善を期待する薬剤や抗認知症薬と他の薬剤の併用についても議論は十分でない(No.5295)。
④製薬企業の広告の影響
a.安易な医療化や疾患喧伝によって、薬物療法の対象を拡大しようとする動きが不適切な薬物療法につながる可能性は否定できない(No.5304)。b.「うつ病はセロトニンが不足して起こる」といった、ヒトでは確認されていない情報が、セロトニン再取り込み阻害薬の広告として流布されてきた点も問題である。
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最後に、不適切な向精神薬療法について論じると、時に薬物療法反対派と誤解されることがある。しかし筆者は、医師自身が十分な情報を得た上で、慎重かつ適切に用いるのであれば、向精神薬療法は医療に不可欠な手段であると考えている。
宮岡 等(北里大学名誉教授)[向精神薬][収益性][不適切処方]