前稿(No.5303)で触れたインフルエンザ流行の話題が、まだ続いている。例年より1カ月早い警報発出ということで、そこでも「うがい・手洗い」推奨のオンパレードである。ところで最初にことわっておきたい。前稿では、インフルエンザ防御には“うがい”は役立たないとした。世の専門家の中には当然のようにそれを語る人もいる。しかし、自分も言っておきながら恐縮だが、それに対して筆者のへそ曲がりな性根が頭をもたげた。筆者が言う「有効ではない」は、「個人防御には」である。顕性感染・不顕性感染にかかわらず、感染者がうがいをすることは、周囲へのウイルス拡散を減らすという意味では効果がある。咳と喉の奥や唾液中のウイルス量の関係に興味がある方は、筆者らの約20年前の論文を読んで頂きたい。うがいが口腔や咽頭のウイルス量を減らし、体外に出る量を下げ、結果として集団内の感染拡大が抑制されることは、容易に想像できる。この意味で、行政がうがいを広めようとするのは、公衆衛生的には正しい。要は説明の仕方である。
さて本題のサブクレードKである。メディアがやたら騒ぎ、一般の人には初耳の言葉なので、何か特別なものが出現したように聞こえる。だが、サブクレードとは何か? 何のことはない。ウイルス遺伝子の連続変異によって生まれた小さな変異グループ(clade)のさらに小グループ(sub-clade)である。日本語訳がないのでカタカナ表記しているだけであり(発音に忠実であればサブクレイド)、Kは順番につけた名前にすぎない。思い返せばCOVID-19流行時にも、この言葉が素人の間で飛び交った。そんな専門用語を無闇に広めてどうするのかと思う。
2025年の流行ウイルスも、例年みられる変異が少し大きかった程度である。しかし、実際にウイルスを扱ったことのない専門家が聞きかじりで、「変異ウイルスに免疫がないので大流行している」と説明している。だが本当か。大流行の中心は小児であり、彼らにはそもそも免疫がない。COVID-19後の2〜3シーズン感染を逃れていたpopulationが、まとめてかかっているだけではないか。流行が早かった理由として筆者が思い浮かべるのは、「外部からのウイルスの早期導入かつ流行が広まる環境条件がたまたま整っていた」くらいである。
ある高名な“専門家”は、「新サブクレードの抗原変異で流行が長く続く」と無責任な予想まで披露していた。しかし、某県医師会の説明にもあったが、インフルエンザの歴史を知る者なら逆である。大流行がピークを打てば、新規患者は急激に減っていくのが普通だ。これまでの抗原変異が大きかったときの流行でもパンデミックでも、同様である。
そんなことを言っているうちに、A(H3)型サブクレイドK流行の陰で、実はB型も散見されている。むしろ大波の後にB型がだらだら続き、結果として流行期間が例年より長くなる可能性を指摘するほうが、専門家としては尊敬に値する。インフルエンザウイルスはこれからも変異を続ける。サブクレイドが出るたびに過敏に反応するのは、いかがなものだろうか。
西村秀一(独立行政法人国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター長)[感染症][サブクレード][インフルエンザ]