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【識者の眼】「うがい・手洗い・ウマの○○」西村秀一

登録日: 2025.11.19 最終更新日: 2025.11.20

西村秀一 (独立行政法人国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター長)

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2025年10月下旬、例年より早いインフルエンザの流行が日本各地で報じられている。そしてその締めくくりには、この決まり文句が登場する。「(専門家は)『うがい・手洗いの徹底』を呼びかけている」。この季節の常套句的標語、いわば耳タコフレーズである。それを何年も聞かされれば、頭の中に「インフルエンザ=うがい・手洗い」の短絡的な記憶回路が形成される。

だが、あえて問いたい。本当にそうなのか? インフルエンザは「うがいと手洗い」で防げるのか。この直球の質問に、感染管理の「専門家」はどう答えるのだろうか? 筆者なら「やってもいいけど防げないよ」と答える。もしこの問いに「防げる」と完璧なデータで答える論文があるなら、ぜひ教えてほしい。風邪様症状を対象とした研究はあってもインフルエンザに特化したものは、ないはずだ。

ここでは、話を簡単にするため手洗いだけを論じる。手洗いの前提は、環境表面に存在するであろうウイルスが手指を介して体内に入る、いわゆる「接触感染」である。では、改めて問う。インフルエンザの感染伝播に、この経路は本当にあるのか。もしあるとして、どの程度の重みを持つのか? この経路については、直接的証明が皆無であり想像でしかない。筆者らの実験結果からも、よほど特殊な状況を除きこの経路は考えにくい。確率ほぼゼロのリスクに対する無駄な忖度が、跋扈している。

話は少し変わる。当院の話で恐縮だが、2025年夏、病棟でCOVID-19の感染者が複数発生した。感染対策室は迅速に行動を起こし、院内各所に注意喚起を呼びかける紙を張り出した。それ自体は評価に値する。だがその内容に問題があった。「当院でCOVID-19の患者さんが増えています」「換気に心がけ、マスクを着用しましょう」まではよい。その次に「うがい、手洗いに心がけましょう」と並んでいた。

COVID-19はエアロゾル感染が主体であり接触感染がほぼ「ない」こと、は既に明らかだ。それは感染対策室も承知しているはず。では、わかっていながらなぜそうなるのか? 結局、掲示の目的があいまいなのだ。COVID-19対策と一般的標準予防策教育がゴチャ混ぜで、言葉は悪いが〇〇味噌一緒。筆者は問い詰めた。これを見た職員はどう受けとるのか考えたか、と。これでは本当に大事なことが埋もれてしまう。これまで「専門家」がウイルスの接触感染を語るとき、確率(probability)は無視され、それがどんなに低くともリスクが「ある」ことだけが強調されていたが、その構図はいまも変わらない。

最初のインフルエンザの標語の話に戻る。この常套句もまた、probabilityを無視している。感染対策に割くことのできる人的・物的資源は限られており、その配分はきわめて重要である。某病院の先生から届いたメールの嘆きを紹介する。「感染看護認定看護師の講義も、“個人持ち消毒の使用量を競おう”とか、インフルエンザ、コロナ対策も接触感染対策ばかり。なぜ日本の感染対策に対する考え方がアップデートされないのか、不思議でならない」

常套句から抜け出せない感染対策。常套句とは先人の知恵ではある。だが、時にそれを疑ってかかることも必要である。

西村秀一(独立行政法人国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター長)[感染症][感染対策

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