「安全と人権」を副題に考えたとき、「安全と人権に関する自主原則(Voluntary Principles on Security and Human Rights:VPSHR)」に気づいた。これは、企業や政府、NGOが連携し、人権を尊重しながら安全管理を推進するための国際的な指針であり、人権尊重の義務、安全管理の徹底、リスクの回避と軽減、救済へのアクセス、人権侵害リスクを低減、企業の評判向上、社会貢献を行動原則としている。ここでいう「安全管理」は一般的な安全確保ではなく「安全保障」を意味しており、人権の尊重を安全保障の根幹に据えている点が特徴である。
securityの和訳である「安全」は、securityとsafetyの両方の意味を含む。VPSHRは、security(安全保障)を人権の根幹に位置づけている。
病院経営では、security(安全保障)は情報管理以外ではほとんど意識されない。多くの場合、国際的な安全保障の概念ではなく、safety(安全確保)を検討の対象とする。なお、「安全保障」は病院経営の重要な範疇である。
安全とは、「許容できないリスクがないこと」であり、裏を返せば「許容できるリスクがある」ということである。ここでいうリスクとは、「目的に対する不確かさの影響」であり、その影響には、良い面(益)と悪い面(害)の両方が含まれる。医療安全を考える際には、主として悪い面(問題)を扱う。
安心とは、相手(個人・組織)が最善を尽くしてくれるだろうという信頼である。
「安心・安全」という言葉は対で使われるが、両者が異なる範疇であることを意識していない場合が多い。両者を区別して説明する資料もあるが、多くは「安全は客観的」「安心は主観的」という観点にとどまっている。
これは間違いではないが、正確とも言えない。安全の定義に照らせば、「何を」「誰が」許容するのかという主体が重要である。主語や状況(何を想定するか)によって解釈は変わり、主観的、すなわち個別の論理的・合理的判断によって異なる。にもかかわらず、こうした点を指摘する言説は少ない。したがって、「客観的」であることが必ずしも「正しい」とは限らない。
人権については、日本国憲法第11条で基本的人権が保障されている。医療に関係するのは生存権であるが、病院経営の現場では根源的な理念よりも現象面でとらえがちである。医療における人権は、「個の尊重」や「個人情報保護」の観点から情報管理が重視される。しかし、常に人権を最優先するとは限らず、公益との均衡を求める場合がある。COVID-19蔓延時や医療情報の利活用においても、人権(個人情報保護)よりも公益(社会の安全・利益)が優先された事例がある。これは善悪の問題ではなく、容易に受け入れがたい現実である。
飯田修平(〔公財〕東京都医療保健協会医療の質向上研究所研究員、練馬総合病院質管理部部長・名誉院長)[病院経営][安全][人権]