映画「シン・エヴァンゲリオン」を観たことはありますか? 登場人物は心病む人たちばかりだが、田畑で働くことで回復(リカバリー)していく物語である。そんな物語じゃないよ、と思う方もいるかもしれないが、精神科医である私にはそう見える。
世界的ベストセラー長編SF「三体」シリーズを読んだことはありますか? 圧倒的スケールの物語だが、「三体Ⅲ 死神永生」では、人類をはるかに超えた知的存在が「農」をしていることが、ほんの一瞬だが語られる。
なぜクリエイターたちは「農」に注目するのだろうか? 考えてみれば、人類はかれこれ1万年ほど「農」を営んできた。大地の上で芽が出て、花が咲き、収穫のとき、人は笑顔になる。農は人類の基本動作といえる。
たとえば私は、人生の終わりの時間を病院で最先端医療を受け、心理療法のスタッフと話してすごすことを否定しないが、死の恐怖と直面するような気がする。むしろ何も考えずに、農園で体を動かしていたい(教会や寺院であればなおよい)。自然の前で「無我」になれば、恐怖は消えるだろう。
農の治療的効果は古くから知られている。日本独自の精神療法である「森田療法」でも農が取り入れられている。オランダでは、知的障害、うつ、薬物依存、長期失業、認知症などの課題をもつ人々がケアファームでケアを受ける制度が整っていることは広く知られている。症状にもよるが、自傷他害がない人にとって、守られた環境の農園ですごすことは、病院や施設にいるよりもはるかに治療的かもしれない。
日本でも「農福連携推進ビジョン」が策定され、政府が旗を振っている。わが国では、働き手不足の農業側と、働く場を求める発達障害の人々のニーズがマッチし、農福連携が進んできた歴史がある。都会のオフィスでは働けないが、屈強な発達障害の若者が農家で汗を流す─そんなイメージである。
近年は、企業が障害者の法定雇用率を満たすために、子会社に農園を運営させ、そこで障害者を雇用するケースもある。これには光と影がある。光は、障害者が適切な給与のもとで生き生きと働く事例。影は、会社側が法定雇用率の数字合わせにしか関心がなく、「ただ居てくれればよい」という農園になってしまい、障害者にとって喜びも成長もない、本末転倒な事例だ。
認知症の人が農を通じて元気になるという研究は、実は日本が進んでいる(諸外国は主に薬物依存などが中心である)。東京都健康長寿医療センターの宇良千秋氏らがエビデンスを創出し、国際誌に多くの論文を発表している。この領域こそ、人類で最も早く認知症共生社会を実現することを運命づけられているわが国が、切り開くべき分野である。
というわけでこのたび、「農」を用いてよりよい社会を構築したい研究者(千葉大学の吉田行郷教授をリーダーとし、農林水産省、東京大学、東京農業大学などにまたがる研究者ネットワーク)と実践家が集まり、農福連携学会を立ち上げることになった。国際的にもこの領域で初めての学術団体である。2025年12月に千葉大学で第1回学術大会を開催する予定だ。また,活動の趣旨に賛同頂ける方々と広くつながるため,キャンプファイアー社にてクラウドファンディングも行っている。
岡村 毅(東京都健康長寿医療センター研究所研究副部長)[精神科][農福連携]