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【識者の眼】「精神科病床と三方よし」武藤正樹

登録日: 2025.11.20 最終更新日: 2025.11.20

武藤正樹 (社会福祉法人日本医療伝道会衣笠病院グループ理事)

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日本の精神科病床数は35万床で、先進各国の中で断トツの1位だ。世界の精神科病床の約2割が日本に集中しているとも言われる。1960年代の日本では、精神科病床数は人口1000人当たり1床程度と少なく、米国の4分の1ほどだった。しかし1970年代に入ると、欧米諸国は精神医療改革を進め、精神科病床を減らし、患者の地域生活への移行を促した。

ところが日本はその流れに逆行し、精神科病床を増やしていく。その背景にあるのが、1964年の「ライシャワー事件」だ。親日家として知られた米国のライシャワー駐日大使が、統合失調症の青年に刺され重症を負った。この事件をきっかけにメデイアは「精神病患者を野放しにするな」といった論調を強め、国も「精神科特例」により、医師や看護師の数が少なくても精神科病院を開設できるようにした。その結果、各国が精神科病床を削減する中で日本だけが増加し、現在では世界最大の精神科病床大国となっている。さらに、精神科病院の平均在院日数も200日を超え、これも世界一の長さだ。

また、日本は精神科病棟における身体拘束の多さも世界一である。少ない職員数と長期入院という環境の中で、身体拘束が全国で蔓延している。杏林大学の長谷川利夫教授らによる国際共同研究では、精神科における身体拘束の人口当たりの頻度を各国で比較している。それによると、日本の身体拘束の頻度は、豪州の約599倍、米国の約266倍、ニュージーランドの2000倍以上にのぼるという。身体拘束の頻度においても日本は突出している。

こうして日本で起きたのが「ケリー・サベジ事件」だ。2017年5月、ニュージーランド出身の英語教員のケリー・サベジさん(当時27歳)が、神奈川県内の精神科病院で死亡した。サベジさんは鹿児島県で英語教員として働いていたが、入院先の病院で両手足と腰をベッドに約10日間拘束され、その後、心肺停止状態となり、搬送先の病院で亡くなった。

サベジさんは高校時代に躁うつ病を発症し、入院経験もあったが、ニュージーランドの病院で身体拘束を受けたことはなかった。今回も医師や看護師に暴力を振るったり、入院に強く反抗したりしたわけではなかったとされる。それにもかかわらず、日本では10日間にわたって病室を外から施錠され、ベッドに拘束された。

日本では「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」の第36条において、身体拘束は精神保健指定医が必要と認める場合に限ると定められている。しかし、身体拘束の件数は2003年には年間約5000件だったのが、2017年には約1万2000件へと急増している。

こうした状況の中、2023年7月、東京新聞が日本精神科病院協会の山崎学会長にインタビューを行った。記事によると、山崎会長は「身体拘束、なぜ心が痛むの?」「地域で(精神科患者を)見守る? あんたできんの?」と述べている。なんとも率直な言葉だ。

しかし、こうした山崎会長の発言のように、日本の精神科病院の経営者には、自分たちこそが地域の平和と安寧を守っているという自負がある。かつて東京都清瀬市の単科精神科病院を見学した際、院長の言葉が印象的だった。「見て下さい、この穏やかな院内を。施設の中で患者は平穏、家族も平穏、地域も平穏です。この“三方よし”を私たちは担っているのです」。その言葉に、思わず「なるほど」と頷いてしまった。

武藤正樹(社会福祉法人日本医療伝道会衣笠病院グループ理事)[精神科病床][身体拘束

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