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【識者の眼】「適応障害(適応反応症)という病名の罪」宮岡 等

登録日: 2025.11.18 最終更新日: 2025.11.18

宮岡 等 (北里大学名誉教授)

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筆者は大学教員を退職してから、産業医として勤務する機会が増えている。そこでしばしば直面する問題の1つが、外部医療機関の精神科医が発行する診断書に記載された「適応障害」という病名である。適応障害は、「adjustment disorder」の訳語だが、近年は「適応反応症」と訳されることも増えてきた。本稿では、一般にまだ頻用されている適応障害を用いることとする。

適応障害とは、本来「主に環境上のストレス要因を背景として、抑うつ・不安・自覚的身体症状などが認められる状態」を指す。診断基準によっては、ストレス要因の開始から症状出現までの期間や、症状の持続期間、ストレス要因によって症状を説明できるかどうか、などが条件として定められている。

ところが現実には、外部の精神科医が作成する診断書には、ストレス要因が会社にあるのか家庭にあるのか、また会社でのストレスであっても対人関係によるものか、仕事の量や質によるものかが明確にされない場合が少なくない。そのため、「精神科医の適応障害という診断は当てにならない」と公言する産業保健スタッフも多い。

一方で、精神科医にとっては、患者ごとにストレス要因への脆弱性(もろさ)に大きな個人差があることは自明である。そのため、適応障害と診断しても、環境上のストレスよりもむしろ性格的な脆弱性に焦点を当てたほうがよいと考えられるケースも少なくない。ただし、パーソナリティ障害の診断基準を満たすほどではなく、「性格の問題」と指摘されるよりも「環境が原因」と説明されたほうが患者に受け入れられやすいことが、適応障害という診断名が増える一因となっているのだろう。

産業医として職域のメンタルヘルスに関わる中で強く感じるのは、適応障害の多くの症状は、産業保健スタッフが関与して職場環境を調整することで軽快するという、ある意味当然の事実である。しかし、適応障害という診断名がつくことで、本人や会社の間に「精神の病気」という意識が強まり、結果的に病状が遷延したり、本来の原因である職場環境の改善が軽視されたりすることが少なくない。

適応障害が適切に診断され、職場環境の改善や職員の適切な休養につながるのが理想である。しかし現実には、前述の問題に加え、精神医療そのものにも様々な問題が存在する。たとえば、「精神科医が職場の産業保健スタッフとの連携に積極的でない」「発達障害や知的障害の合併、あるいはうつ病や統合失調症との鑑別を十分に考えない精神科医がいる」「患者の休養希望に沿って安易に診断書を発行する医療機関のほうが、適切な精神医療を行う機関よりも受診者が多い」といった点である。さらに、初診からオンライン診療のみで診断書を発行する医療機関も登場しており、検討すべき問題は尽きない。

今後は、適応障害の考え方を一般の方にもより透明化し、精神医療を誰にでもわかりやすくしていくことが重要だと感じている。

宮岡 等(北里大学名誉教授)[適応障害][適応反応症産業保健

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