検索

×
絞り込み:
124
カテゴリー
診療科
コーナー
解説文、目次
著者名
シリーズ

【識者の眼】「現場から生まれる医療の質と安全の文化─参加型学習行動法(PLA)の可能性」豊島勝昭

登録日: 2025.11.17 最終更新日: 2025.11.17

豊島勝昭 (神奈川県立こども医療センター新生児科部長)

お気に入りに登録する

新生児医療の認知が高まり、新生児集中治療室(NICU)を志望する医療者が増加している。超低出生体重児が誕生すると、主治医が三日三晩、保育器のそばに張りつき、看護師と献身的に診療してきた時代を終え、交代しながら赤ちゃんの命を守る「チーム医療」へと移行しつつある。

在胎22〜24週、出生体重600g未満という“成育限界”とされる命にも高度集中治療で向き合うNICUは、まさにチーム医療の最前線である。医療の高度化が進む中、個々の経験・知識・技術に過度に依存せず、多職種で時々刻々と変化する状況を共有し、それに即した医療を展開することが、障害を最小限に抑えた救命につながる。そのためには、現場スタッフ同士の対話による相互理解と協力が欠かせない。

しかし、働き方改革やコロナ禍の影響で、医療チームが話し合う機会は激減した。スタッフ教育や意見交換の場が軽視されているように感じる。トップダウン型の指示に従い、ガイドラインや業務手順の遵守を目的化するチーム医療になっていないかを危惧している。

我々は、現・兵庫県宝塚市長である森 臨太郎医師の発案により、NICU医療チームの行動変容やエビデンスの実装を促進するための「周産期医療質向上プログラム」を開発した。各NICUでワークショップを開催し、周産期母子医療センターネットワーク(NRNJ)データベースのベンチマーク解析による自施設の診療体制や治療成績の長所と課題、診療ガイドラインのエビデンス、他施設の診療情報などを多くのスタッフで共有する。さらに、グループワークを通じて、自施設の改善行動計画を立案し、多施設間でその実現を支援し合うプログラムである。

トップダウン型や外部からの指示では、現場スタッフの納得感が得られず、「やらされ感」に基づく質改善行動は長続きせず、効果も期待できない。現場スタッフが自ら学び、考え、納得して改善行動を起こすプロセスこそが、医療の質と安全の向上につながる。

厚生労働科学研究「周産期医療の質と安全の向上のための研究(INTACT)」(研究代表者:楠田 聡教授)では、全国40のNICUを対象に、周産期医療質向上プログラムを導入した群と、ガイドラインのみを配布した群にわけ、早産児の診療成績を追跡比較する大規模クラスターランダム化比較研究を実施した。国際医学誌Early Human DevelopmentおよびBMC Pediatricsにおいて、周産期医療質向上プログラムによるチーム医療への介入が、超早産児の敗血症や肺出血など重篤な急性期合併症を減少させるエビデンスが示された。

このような医療現場発のボトムアップ型の質改善手法は、世界保健機関(WHO)が母子保健分野で推奨する「参加型学習行動法(participatory learning and action:PLA)」の応用である。PLAにより、スタッフ一人ひとりが「診療の質改善への参加と成果」を実感できるようになると、チーム全体の意欲が高まり、継続的な質改善行動につながる。チーム医療を必要とする様々な領域への応用も期待される。

医療の質と安全を高めるのは、システムやガイドラインではなく、現場で共に考え、行動するスタッフの意志と協力である。スタッフが課題を共有し、対話を重ねながら改善を模索することが、患者により良い未来を届ける。変化を恐れず、常に改善をめざし、学び合いながら、共に育て合うチーム医療の文化を、現場から創造していきたい。

豊島勝昭(神奈川県立こども医療センター新生児科部長)[新生児医療NICU周産期医療質向上プログラム

ご意見・ご感想はこちらより


1