米国心臓協会(AHA)、ヨーロッパ蘇生協議会(ERC)、日本蘇生協議会(JRC)の『蘇生ガイドライン2025年版』が出そろった。総論は「大きくは変わらない」。だが、現場の運用を動かす更新が、少しずつ積み木のように積み上がっている。着目すべき点を順に見ていこう。
第一に、一次対応の徹底と市民対応の明確化。AHAは成人/小児の気道異物に対し、「5回の背部叩打と5回の腹部突きを交互に行う」というわかりやすい手順を明示した。これまで詳細があいまいだった部分が整理され、院内外で指導しやすくなった。教育資材や院内掲示の差し替えは小さな労だが、アウトカムに効く更新である。
第二に、アルゴリズムの見える化と終止基準。AHAは成人心停止アルゴリズムの整備に加え、BLS/ALSにおける標準的な蘇生中止(TOR)ルールを図表で提示した。救急隊・救急外来・病棟の意思決定をそろえるためにも、標準化は重要である。
第三に、エアウェイ戦略とモニタリングの確立。AHAは挿管位置確認とモニタリングのための連続波形カプノグラフィの推奨を再強調した。ERCは実務面で、バッグマスク換気の2人法、挿管ではビデオ喉頭鏡の優先、声門上器具としてi-gelを推奨するなど、手順レベルの最適化を示している。救急外来での器材標準セットやチェックリストの更新は待ったなしである。
第四に、薬物療法の整理。AHA/ERC/JRCはおおむね足並みがそろい、アドレナリンは非ショック適応リズムで早期投与、バソプレシンは日常的に用いない、カルシウムや重炭酸は特殊状況を除きルーチン投与しない、ショック抵抗性VF/pVTにはアミオダロンまたはリドカインを用いるという立ち位置を再確認した。あいまいに残っていた習慣的な薬を棚卸しし、救急カート内の薬剤選定を今一度検討したい。
第五に、機器と特殊手技の抑制的整理。自動胸骨圧迫装置のルーチン使用は推奨されず、二重連続除細動(DSED)は日常的には推奨しないという方針が維持された。投資判断や導入の優先順位を落ち着いて見直せる根拠が明文化されたことは大きい。現状では、パッドもしくはパドルの位置を正確にとり、確実な電気ショックを行うことが重要である。
第六に、新生児・小児および蘇生後ケア。AHAは「新生児ケアの連鎖」を掲げ、出生直後に液体で満たされた環境から空気で満たされた環境へ移行するための支援を、広い文脈で描き直した。ERCは二次救命処置(ALS)から蘇生後ケアまで体系的に改訂し、酸素/CO2/循環の目標値を明示し、体温管理重視の流れを整理した。周産期・ICU・循環器の各部門で、モニタリング目標値の院内統一が求められる。
結論として、2025年は「基本の徹底」に資源を振る年である。①市民向け窒息対応の掲示と職員再訓練、②アルゴリズム/TORの院内統一、③エアウェイ機材とカプノグラフィの標準装備と点検、④薬剤カートの棚卸しと教育、⑤蘇生後ケアの目標値統一、を自院でも始めていきたい。ガイドラインは紙ではなく運用である。大改訂でなくとも、数%の更新確実な実装に変える力が、救命率を押し上げるはずである。
薬師寺泰匡(薬師寺慈恵病院院長)[救急医][蘇生ガイドライン]