このたび、高市早苗氏が日本で初の女性総理大臣に就任しました。これは歴史的な一歩であり、政治・経済・学術など、あらゆる分野で女性が中心に立つことがより自然になる社会への、大きな転換点と言えるでしょう。男女平等という理念は既に広く共有されていますが、現実にはまだ職場や社会の構造の中に「無意識の壁」が残っていると感じます。その意味でも、今回の総理誕生は単なる象徴ではなく、社会が変わりはじめる兆しとして歓迎したいニュースです。
一部では、男性以上に力強いと評される高市首相ですが、就任直後に「ワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てます。働いて、働いて、働いて、働いて、働いて参ります」と発言し、大きな話題となりました。近年、働き方改革としてワーク・ライフ・バランス─つまり、家庭や自分の時間を大切にする考え方が重視される中で、この発言は一見、時代に逆行するようにも聞こえます。しかし、インターネット上などでは、“仕事に覚悟を持つ姿勢を示したもの”として肯定的に受け止める意見も多く見られ、賛否がわかれています。
理想的な社会とは、誰もが無理して働かなくても、すべてがうまく回る仕組みが整っていることです。しかし現実は、まだそこまで到達していません。近年は「働き方改革」の名のもとに、仕事と生活を明確にわける方向に政策が進んでいます。医師も、特に研修医を中心に、時間外勤務が厳しく制限されるなどの制度改革が進んでいますが、一部の職員にしわ寄せが生じている場面も見受けられます。また、職人や研究者のように、技能を高めたり何かを究めたりする人々にとっては、「仕事」と「人生」は切り離すことは難しいものです。
以前、メディアアーティストの落合陽一氏が、「ワーク・アズ・ライフ」という概念を提唱していました。これは、“働くこと自体が人生の一部である”という考え方であり、仕事と生活を切り離さず、一体化させることで幸福を見出すという思想です。すべての人にとって理想的な生き方とは限りませんが、医学をはじめ、何かの道を究めようとする人にとっては、こうした働き方が時に必要となる場面もあるのかもしれません。
高市首相の発言が、「多様な価値観を認め合う社会」への象徴的な転換点になることを期待します。働くことに喜びを見出す人、仕事と適切な距離を保ちたい人─どちらの生き方も正解であり、どちらを選択しても幸せに生きられる環境こそが、成熟した社会の姿ではないでしょうか。私たちは今、単なる「労働時間の見直し」ではなく、「働くことと生きることの関係」を改めて考え直す時代を迎えているのだと思います。
鍵山暢之(順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学教室准教授)[働き方改革][ワーク・ライフ・バランス]