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【識者の眼】「かぜに抗菌薬処方は原則算定不可」康永秀生

登録日: 2025.11.07 最終更新日: 2025.11.26

康永秀生 (東京大学大学院医学系研究科臨床疫学・経済学教授)

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社会保険診療報酬支払基金は2025年8月29日づけの「支払基金における審査の一般的な取扱い」において、かぜ等に対する抗菌薬処方の算定は原則として認められないとする方針を示した。具体的な傷病名として「(1)感冒、(2)小児のインフルエンザ、(3)小児の気管支喘息、(4)感冒性胃腸炎、感冒性腸炎、(5)慢性上気道炎、慢性咽喉頭炎」が挙げられている。その根拠として、「感冒やインフルエンザはウイルス性感染症、気管支喘息はアレルギーや環境要因に起因して気道の過敏や狭窄等をきたす疾患、また、慢性咽喉頭炎を含む慢性上気道炎は種々の原因で発生するが、細菌感染が原因となることは少ない疾患で、いずれも細菌感染症に該当しないことから、抗菌薬の臨床的有用性は低いと考えられる」としている。

当たり前のことである。かぜはウイルス感染であり、抗菌薬が無効であることなど、医師なら誰でも知っている。それにもかかわらず、日本(先進各国も同様だが)では、かぜ患者への抗菌薬処方が後を絶たない。実際、筆者らが過去に行った経口抗菌薬処方実態調査によれば、かぜ患者約27万人中、35.3%に抗菌薬が処方されており、そのうち42.1%は第3世代セフェム系、35.0%はマクロライド系、16.0%はキノロン系が使用されていた1)

抗菌薬の乱用は薬剤耐性菌の発生を引き起こす。世界保健機関(WHO)は薬剤耐性に対する国家行動計画(アクションプラン)の策定をすべての加盟国に求め、それを受けて厚生労働省は2017年6月に『抗微生物薬適正使用の手引き』(以下、手引き)を公表した。この「手引き」を一文で要約すれば、「かぜに抗菌薬を使うな」ということである。厚生労働省が医療現場のプラクティスに直接言及するのは異例であった。

では、このお上からの「お達し」は、現場の医師たちの行動変容をどの程度もたらしたのか? 筆者らは、6歳以上のかぜ患者延べ約1318万人のデータを用いて検証した2)。具体的には、厚生労働省の「手引き」発出前後2年間における抗菌薬処方のトレンドを、分割時系列解析という手法を用いて分析した。その結果、「手引き」発出前後のトレンドに有意差は認められなかった。つまり、抗菌薬の処方行動はほとんど変化しなかったのである。何とも皮肉な結果だ。「手引き」が現場の医師たちに知られていないのか、あるいは知っていても意図的にスルーされているのか?

背景には、おそらく患者側の抗菌薬信仰があるのだろう。かぜ患者やその家族が抗菌薬投与を希望するケースは少なくない。抗菌薬が不要であると説明しても、納得しない患者もいる。医師は抗菌薬処方を控えようという意志を持ちながらも、患者や家族の意向に沿って、「グッドバイ処方」をしているのかもしれない。抗菌薬処方を断ることにより、インターネット上で患者にネガティブな口コミを書かれることを懸念する医師もいるだろう。

さて、冒頭の「かぜに抗菌薬処方は原則算定不可」に話を戻そう。「手引き」では医師の行動変容を促すことができなかった。では、今回の「算定不可」という一種のペナルティーは、処方行動にどの程度の変化をもたらすだろうか? 今後も引き続き注視する必要がある。

【文献】

1) Hashimoto H, et al:BMJ Open. 2019;9(4):e026251.

2) Sato D, et al:Infect Control Hosp Epidemiol. 2021;42(3):280-6.

康永秀生(東京大学大学院医学系研究科臨床疫学・経済学教授)[経済学][抗菌薬][算定不可]

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