2040年に、がん手術を担う消化器外科医が約5000人不足する─厚生労働省の『がん診療提供体制のあり方に関する検討会』がまとめた報告書を、メディアが一斉に報じた。
しかし、この議論の陰で見落とされているのは、外科医の男女比が大きく変わりつつあるという事実である。30歳未満の消化器外科医のうち、女性は既に25.5%を占めており、「未来の外科は女性が鍵を握る」と言っても過言ではない。
一方で、女性がキャリアを積み上げ、指導的立場に就くことは容易ではない。日本消化器外科学会施設認定代表者1014名のうち、女性はわずか10名にとどまっている(2025年8月時点)。こうした状況を看過すれば、将来の外科全体の水準や持続可能性に深刻な影響を及ぼしかねない。
女性が指導的地位に就けない構造的要因を明らかにするために、National Clinical Database (NCD)を用いた2つの研究が実施され、その成果が国際誌に報告された。
2022年に『JAMA Surgery』に発表された論文では、代表的な6術式(胆囊摘出術・虫垂切除術・幽門側胃切除術・結腸右半切除術・低位前方切除術・膵頭十二指腸切除術)における外科医1人当たりの男女別執刀数を比較した。その結果、いずれの術式においても女性の執刀数は少なく、特に高難度手術で差が顕著であった1)。
続いて『BMJ』に掲載された論文では、幽門側胃切除術・胃全摘術・低位前方切除術の短期成績を比較したところ、男女間に有意差は認められず、成績は同等であった2)。
これらの研究から浮かび上がったのは、女性が指導的地位にたどり着けない要因は「能力差」ではなく「機会格差」に起因する可能性が高い、という点である。
この成果は学会をも動かした。2023年、日本消化器外科学会は、2032年までに消化器外科中難度手術執刀数の男女差をなくし、高難度手術執刀においても機会均等をめざすことを含む4項目を掲げた『函館宣言』を発表した。
さらに、2025年8月に公表された6術式の追跡調査では、高難度手術の男女格差は依然として残るものの、中難度手術では改善傾向が示され、宣言が掲げた「2032年までの解消」よりも早期に達成できる可能性が示唆された。
NCD研究は「不可視化されたジェンダーバイアス」を可視化し、外科全体の意識改革を現実のものとしつつある。外科医不足がせまる今こそ、女性の能力を十分に活かす体制を築くことが、外科医療の持続可能性に直結する。そのためには、長らく見えないまま存在してきた数々のバリアを、1つずつ取り除いていくことが不可欠である。
【文献】
1) Kono E, et al:JAMA Surg. 2022;57(9):e222938.
2) Okoshi K, et al:BMJ. 2022;378:e070568.
河野恵美子(大阪医科薬科大学一般・消化器外科)[外科医][函館宣言]