日本医学教育学会に、何十年かぶりに参加した。私自身が監修しているエルゼビア社の「今日の臨床サポート」に関わるランチョンセミナー「学生と研修医による臨床現場でのEBMの実践」に、座長としてまねかれたのがきっかけである。
このセミナーの背景には、日本医学教育評価機構(JACME)による国内82の医学部に対する評価において、臨床実習の場で、根拠に基づく医療(Evidence-based medicine:EBM)が実践されていない大学が多数ある、という現実である。それをふまえての企画であった。JACMEで高評価を受けた2つの大学による発表を聞いた後、会場の聴衆に次のように問いかけた。
「一方の発表は、EBMの実践にかかわる教育とは言えないが、もう一方はEBMの実践教育として成り立っている。この2つの発表の違いは何だと思いますか? 周囲の方と話し合ってみて下さい」
そして、会場に意見を求めたところ、「個別の患者の問題から始まっていない」という重要な指摘があった。だが、それは私が期待していた答えとは少し違っていた。
この問いに対する、私なりの明確な答えがある。それは、「EBMの実践とは、“5つのステップ”に基づく形式であって、内容ではない」ということだ。別の言い方をすれば、「EBMとは、エビデンスそのものについてのものではなく、5つのステップに沿ったエビデンスの“使い方”にかかわるものである」と言ってもよい。
この視点で2つの発表を評価すると、一方の発表はエビデンスを利用した教育ではあるが、“5つのステップ”という形式には言及がなく、エビデンスの使い方に関する具体的な説明もなかった。従来型の医学教育の延長である。ただし、従来のように基礎研究のエビデンスではなく、臨床研究をベースにしていた点は評価できる(おそらく、そこがJACMEに評価された理由なのだろうが、裏を返せば、それだけ臨床研究に基づく教育自体が稀少ということかもしれない)。しかし、それでもEBMの実践を教育しているとは言えない。それに対して、もう一方の発表は、“5つのステップ”に沿って、問題をPECOで定式化し、情報を収集し、批判的吟味を行い、患者に適用し、その過程を評価するという一連の流れが明確に示されていた。
この2つの発表の違いは、私にとっては決定的である。だが、多くの大学の教員にとっては、それほど重要な違いとは認識されていないのだろうか。「重要なのは内容である」と考えている節がある。そこに誤解がある。しかし、医療の現場では日々新しい知見が生まれ、医療内容は絶えず変化していく。だからこそ、重要になるのは“内容そのもの”ではなく、“生涯にわたって学び続ける方法”であり、“学びの形式”である。それを、5つのステップという枠組みで明示したことに、EBM実践の本質がある。
EBMが登場してから、既に30年以上が経過している。それにもかかわらず、この現状である。日本の医学教育におけるEBM実践教育の遅れ、その闇は深い。
名郷直樹(武蔵国分寺公園クリニック名誉院長)[EBM][医学教育]