看護師配置7対1入院基本料(いわゆる、7対1)は、2006年の診療報酬改定において新設された。これは、患者7人に対して看護師1人を配置するという、最も手厚い看護師配置を前提とする入院基本料であり、その報酬額も大幅に引き上げられた。
7対1が導入された当初、厚生労働省はその対象となる病床数は2万床程度にとどまると見込んでいた。当時の厚生労働省医療課長も、「7対1の配置基準を満たすだけの看護師を集めることができる病院は限られる。そのため、逆に7対1を取得するために病床を減らす病院も出てくるだろう」と語っていたほどだ。
ところが、実際の展開はまったく予想外の方向に進んだ。なんと東京大学医学部附属病院病院長までもが、自ら地方に出向いて看護師を募集し、結果として7対1の基準を達成してしまったのである。その後、全国的に同様の動きが加速し、7対1病床は2014年には38万床にまで膨れ上がった。正直なところ、誰もそこまで増えるとは予想していなかった。
7対1は本来、急性期の患者治療を担う「急性期病床」として位置づけられていた。ところが、看護師の人数さえ確保すれば高額の入院基本料が算定できる仕組みであったため、必ずしも急性期医療を提供していない病院までもが、収益確保のために7対1を取得するケースが相次いだ。その結果、地方では深刻な看護師不足が生じるなど、思わぬ副作用が広がっていった。
このような状況を受け、厚生労働省は2008年、急遽7対1の算定要件に「重症度、医療・看護必要度」を導入した。一定割合以上の重症患者を受け入れている病院のみが7対1を取得できるよう制度を見直したのだ。しかし、導入当初の基準は緩く、7対1病床の増加に歯止めをかけるには不十分だった。
そのため、厚生労働省はその後、ほぼ毎改定ごとに「重症度、医療・看護必要度」の基準を引き上げる見直しを繰り返してきた。これにより、ようやく7対1病床の増加は減速し、2014年をピークに頭打ちとなった。その後、2024年までの10年間でようやく5万床減少し、全国の7対1病床数は33万床にまで縮小した。たった5万床減らすのに、実に10年もの歳月を要したのだ。
現在、若年人口の減少とともに、急性期病床のニーズも減少傾向にある。本来であれば、過剰な急性期病床を減らし、高齢者のニーズに応じた病床への転換をめざすべき段階にある。それにもかかわらず、7対1病床がいまだに医療提供体制の見直しを妨げる要因となっている。看護師の配置数という単一の要素に着目して導入された7対1入院基本料は、典型的な政策の失敗例と言えるだろう。
今となっては手遅れかもしれないが、制度設計の初期段階で、たとえば10対1入院基本料を基本とし、病院単位で平均在院日数や重症度、医療・看護必要度、在宅復帰率などのアウトカム指標を設定し、それらの達成状況に応じて看護師数の加配を認めるような柔軟な方式を導入しておくべきだった。
新たな政策を立ち上げる際に本来考慮すべきことは、制度が暴走したときに、安全に減速・停止することができる「自動ブレーキ」のような仕組みを、あらかじめ備えておくことなのだ。
武藤正樹(社会福祉法人日本医療伝道会衣笠病院グループ理事)[7対1病床][医療政策]