組織をマネジメントすることは、企業だけでなく、医療機関や福祉、行政、非営利組織など、様々な「組織」にとって重要な課題だ。
ピーター・F・ドラッカー(1909〜2005年)は、「マネジメントの父」として世界的に知られる。経営分野の第一人者というイメージがあるが、ドラッカー自身は自らを「社会生態学者」と称す。彼は著書の中で、「組織はすべて、人と社会をより良くするために存在する」と述べる。組織は利益を追い求めるためだけでなく、人々の幸福や社会への貢献のために存在するのだとしている。利益は「組織を存続させる責任」として重要だが、それ自体が最終目的ではない。
ドラッカーは、組織が人を大切にし、社会に貢献することができるように、事業の定義に関する3つの問いを提示した。それは、「われわれの事業は何か」「われわれの事業は何になるか」「われわれの事業は何であるべきか」というもの。
さらに、事業が何かを明確にするための「5つの質問」を設ける。「使命は何か」「顧客は誰か」「顧客にとっての価値は何か」「成果は何か」「計画は何か」。組織としての使命を決定することが出発点だ。
ここで、実際のクリニックでの事例を紹介する。ホームレス状態の人を支援する非営利組織(TENOHASI)が医療機関を設立する際、ドラッカーの問いを活用した。
「使命」は、ホームレス状態にある人をゼロにすること。「顧客」は、ホームレス状態にある人たち。この段階で、問いをさらに深める必要が出てくる。ホームレス状態とは何か、ゼロにするとは具体的にどういうことか、など。
この使命はクリニック単体で果たせるものではないため、ほかの組織と連携してスタートを切る。そもそも「ホームレス」とは誰を指すのかという問い自体が難しいものだった。たとえば、住まいを失い路上やネットカフェ、友人宅、施設で暮らす人だけでなく、住まいがあっても安心して暮らすことができない状況にある人も、ホームレスととらえることができる。さらに、虐待の後遺症や知的障害など、様々な理由で支援が必要な人たちも存在した。
3つ目の問い「顧客にとっての価値」は、ホームレス状態の人がなぜこのクリニックに通うのかという視点である。彼らは社会から孤立し、住まいだけでなく人とのつながりも失っていた。そこで、クリニックの役割を「ソーシャルワーカーズオフィスwithクリニック」と再定義した。これは、「われわれの事業は何か」という問いへの答えだ。医療は確かに必要だが、それ以上に「ソーシャルワーク支援」が必要だったからである。
「成果」とは、安心して暮らせると感じる人の数で測る。問いが見えた後でクリニックを計画した。
「事業は何になるか」という問いは、時代や環境の変化に応じて事業がどう変わるのかを見定めるもの。「何であるべきか」という問いは、環境の変化に合わせて事業を柔軟に変化させていくための指針となる。
森川すいめい(NPO法人TENOHASI理事)[精神科][組織マネジメント]