在宅医療の現場において,「仕事があるので自宅での看取りはできません」という言葉を聞く機会は決して少なくありません。特に現代社会において,働く世代が両親の介護と仕事を両立させなければならない状況は,ごく一般的な現実となっています。難しい問題ですが,だからこそ,私たち在宅医療に携わる者は,ご家族にとって「後悔のない選択」をともに考え抜く必要があると思います。
今回は,肺癌末期の患者さんとその娘さんのケースを通して,働く介護者が直面する現実的な制約の中で,いかにして納得のいく看取りの選択肢を見出していくかを考えてみたいと思います。
Case:介護と仕事の両立という現実的課題
ミヨコさん(54歳,仮名)は薬剤師として働いており,あるとき,母親のサエコさん(84歳,仮名)が肺癌末期と診断されました。サエコさんは当初,外来に歩いて通えるほど安定した状態でしたが,脳転移が進行し,転倒を繰り返すようになったため,ご本人の「自宅で療養したい」という強い希望を尊重し,訪問診療に移行することになりました。ミヨコさんは日中は仕事があるため,訪問看護,訪問リハビリテーション,ヘルパーなど多職種のサポートを受けながら,在宅での療養生活を支えていました。しかし,約2カ月後,サエコさんが徐々に1人で動けなくなり,転倒リスクが高まったことで,主介護者であるミヨコさんの介護負担が重くなり,限界に近づいていることが明らかになりました。
現代の働く世代にとって,親の介護が重い負担になることは言うまでもないでしょう。特に核家族化が進む中で, 1人の子どもに介護負担が集中するケースはめずらしくありません。ミヨコさんも,薬剤師という専門職として働き続ける必要がある一方で,母親の介護も担わなければならないという,多くの現代人が直面する典型的なジレンマを抱えていました。
介護負担の軽減を図るため,たんぽぽクリニックの病床への一時的な入院を経て,ショートステイの利用が始まりました。ミヨコさんは「ショートステイと自宅を行き来する形であれば,仕事を続けながら介護も続けられる」と考えていました。この判断は,現実的で合理的なものであり,多くの働く介護者が選択する道でもあります。