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【識者の眼】「科学とお作法の狭間にある『一発勝負』の危なさ」小野俊介

登録日: 2025.10.20 最終更新日: 2025.10.20

小野俊介 (東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)

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私が聴講した講義に登場した、ちゃんと理解するのが結構難しいネタを紹介したい。

製薬企業(ベンチャーを含む)の人々が、ときどきこんなことを言う。

「新薬開発を第Ⅰ相、第Ⅱ相、第Ⅲ相と順を追って進めるのがお作法だということはわかっているが、そんな悠長なことを言わず、できるだけ早く・安く新薬の承認を得たい。長ったらしい開発プロセスを経ずに、いきなり(一発勝負で)検証試験(例:プラセボ対照ランダム化比較試験)を実施したい。その結果、試験が成功したら(たとえばα=0.05の試験でP<0.05が得られたら)、承認してもらえるはず。だって、薬が本当に効くことが証明されたのだから」

この主張って妥当だろうか。これは、統計学の検定まわりの話である。先生方も、ちょっとお考え頂きたい。「診療を終えてヘトヘトなのに、ややこしい理屈なんて考えられるか!」とおっしゃらずに。

理屈では、こうした主張は成り立たない。なぜなら、α(第1種の過誤)は、「本当は無効な薬を誤って有効と宣言してしまう確率」であり、「薬が本当に有効な確率」や「薬が本当に無効な確率」を保証するものではない。「薬が本当に有効な確率」を考えるには、その「外枠」が必要になる。

また、そうした議論の背景には「ん? 『本当に(真に)有効』ってどういう意味?」という大問題も隠れていて、そこに意味を与えるには言語学や論理学の演繹体系の評価が必要なのだが、今回そこはスルーする。「お前は疲れてる医師に、さらに喧嘩を売る気か?」と怒られそうなので。

話を戻す。そもそも理屈として上の主張は変である。が、たとえば規制当局が「学会・当局が策定した新薬開発ガイドラインに従わぬ開発は、お作法として認めない」などと言い始めると雲行きが変わってくる。きっと企業は「なに? 『お作法に従え!』だと? 新薬開発の厳しさをお役人はわかってるのか? 開発失敗と会社倒産のリスクを背負いつつも患者のために新薬を開発してる企業をなめんなよ」という、ある意味もっともな反論をするはずで、そうなると我々も企業の肩を持ちたくなる。

科学とお作法を別物と考えると、こんなふうにどこかおかしなことが起きる。段階をふんで新薬開発を進め、多様な観点(用法・用量、対象患者の適切性など)からの検討をじっくり行うのは、それが「お作法だから」ではない。「有望な薬の候補の絞り込みと使用法の洗練に役立つから」である(これが先述の「外枠」)。それを無視して、一足飛びに「勝負!」とばかりに検証試験を挑むのも、逆に訳もわからずお作法を強いるのも、実質的な問題を生む。

ただし、上に説明した仮説検定の考え方は、控えめに言っても、ややこしい。検定や「P値」をめぐっては多くの教科書が出ているので、論文を書く先生方には折に触れての復習をお勧めします。

注 生物統計学の専門家、柴田大朗先生(国立がん研究センター)の東京大学での講義。

小野俊介(東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)[新薬開発

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