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【識者の眼】「厚生と労働の狭間に取り残される救急医療現場」薬師寺泰匡

登録日: 2025.10.15 最終更新日: 2025.11.17

薬師寺泰匡 (薬師寺慈恵病院院長)

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急性期病院の赤字が目立つ。エネルギーや医療材料、人件費は上がり続けるのに、診療報酬は物価上昇に追いついていない。効率化とタスクシフトで凌いできたが、既に「努力」で埋められる範囲を超えつつある。とりわけ救急は、24時間の人員確保と設備維持という固定費の塊なのに、そこへの評価は低い。

病床稼働率にもジレンマがある。経営の理屈では満床が理想に見えても、救急を受けるためには常に「空」を残さねばならない。満床に近づけば近づくほど受け入れ余力は失われ、地域のセーフティネットは痩せる。地域包括ケア病床をもつ回復期病院では、経営はいかに病床稼働率を高めるかにかかっていると言っても過言ではない。

ここも出口問題としてボトルネックになっており、ギリギリの経営をせまればせまるほど、救急医療の限界が近づいてくる。空床確保や待機体制、訓練・教育・災害対応といった公共的機能は、今の評価体系では収益化が難しい。頑張れば頑張るほど赤字になるという逆インセンティブすら生じている。このままでは、生命維持に関わる病院から順番に存続の危機に晒されることになる。

さらに働き方改革により、かつての「まやかしの宿直」は終わった。実態は労働である夜間・休日対応を労働時間として正しく扱い、割増賃金を支払い、連続勤務を制限する。当たり前の是正だが、これまで帳尻合わせで見えにくかった人件費が、正面から損益としてのしかかっている。増員やシフト再設計、教育コスト、時に高額な派遣活用も重なり、人件費は確実に膨らんだ。医療の質と安全を守るためのコストを、病院だけに抱えさせる構図は、やはり限界である。長時間労働させるな、そのために人を用意しろ、金は出さない、では無茶苦茶である。厚生労働省以上に、現場では厚生と労働の狭間で悩んでいる。

診療報酬を高める提案が各団体から出されているが、一律に10%アップというような対策よりも、より現実に即した報酬体系を検討してもらいたい。たとえば、①救急待機や空床確保への基本料の明確化(コロナ禍ではできたはずなので、ペナルティつきで新たな制度をつくれないものか)、②夜間・休日・多職種連携への定額補填強化、③インフレ連動の自動調整、④教育・訓練・災害対応などへの恒常的評価。これらは病院の利益を厚くするためではなく、地域の医療を維持するため、医療者の働き方改革を空洞化させないための最低限の投資である。見えにくいコストの実像を社会に説明し、持続可能な報酬体系へ舵を切ること。それが、この国の救急を守る最短路だ。

薬師寺泰匡(薬師寺慈恵病院院長)[救急医][地域医療

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