大規模災害の現場では、支援の申し出があっても「今は受け入れられません」と断らざるをえないことがあります。これは、支援が不要なのではなく、受け入れる体制や余力がないためです。調整や説明、指揮系統の整理といった受け入れ対応には、人手と時間が必要であり、支援を受けること自体が新たな負担となる場合があります。その結果、「自分たちだけでがんばろう」という判断が、支援を受ける機会を逃すことにつながることもあるのです。これが、支援があっても十分に活かせない“受援の壁”です。
災害時の現場は、停電・断水・通信障害など、複合的な制約にさらされています。医療従事者は本来業務に加え、避難者対応や物資管理にも追われています。こうした状況下に新たな支援チームが入ってくると、案内や調整、情報共有が必要となり、結果的に現場の混乱が増すこともあります。このような事態を防ぐには、「支援を受ける力」、すなわち“受援力”を高めることが不可欠です。
受援力とは、外部からの支援を適切に受け入れ、既存の体制の中で機能させる能力を指します。
国内では、災害派遣医療チーム(DMAT)や日本赤十字社の救護班などが、訓練を重ねた体制で派遣されています。しかし、支援を受け入れる側にも同様の備えが求められます。たとえば、事業継続計画(BCP)に「受援計画」を明記し、平時から「誰が案内し、どこに待機させ、どの業務を任せるか」を具体的に決めておく必要があります。これがなければ、せっかくの支援が、かえって現場の負担に変わってしまう可能性があります。
受援においてもう1つ重要なことは、“信頼できる支援者を見きわめる力”です。
DMATのように国の認証を受けたチームもあれば、経験の浅い団体も存在します。災害救助法の改正により進められている「被災者援護協力団体の登録制度」や、WHOの緊急医療チーム(EMT)ガイドラインに基づく認証の有無を確認することは、現場の安全確保に直結します。さらに、保健医療福祉調整本部などの公的窓口を通じて受援を調整することで、支援の重複や混乱を最小限に抑えることができます。
私はこれまで、国内外の被災地で「支援する側」と「支援される側」の両方を経験してきました。ミャンマー地震では、政情不安の中、現地政府の許可を得て活動する過程で、他国のEMTから医薬品や搬送の支援を受けた場面がありました。その支援がなければ、救えなかった命がありました。受援とは、無力の表れではなく、“連携と合理性の象徴”であると私は感じています。
災害大国である日本に求められることは、「支援する力」だけでなく、「支援を受ける力」を平時から備えることです。
それは、個人の心構えにとどまらず、制度設計や文化的意識の転換を含む、社会全体の課題でもあります。支援を断らない勇気、そして支援を活かす仕組みづくり─それこそが、次の災害に立ち向かうための、社会のレジリエンスを高める第一歩になるのではないでしょうか。
稲葉基高(ピースウィンズ・ジャパン空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”プロジェクトリーダー)[災害医療][受援力]