以前、本欄(No.5285)において、近年注目されている「治療負担(treatment burden)」について取り上げた。中でも、多疾患併存状態にある高齢者に対して、どのように治療戦略を最適化していくかは、高齢化が進むわが国の医療において喫緊の課題である。
とりわけ外来診療という限られた時間の中で、既に複数の慢性疾患やリスクを抱える患者に個別対応していくことは容易ではない。さらに、患者の複雑な社会背景にも考慮し、多職種との調整を図りながら、治療負担まで考慮した対応を行うことは、現場にとって大きな負担であり、実践には困難が伴う。
こうした状況の改善をめざし、患者自身が感じている治療負担を測定する自己記入式の尺度が開発されてきた。これは、患者が質問紙に回答することで、現在の治療がもたらす負担を簡便に把握するためのツールである。近年、青木らにより、国際的に開発された多疾患併存に対する治療負担尺度(multimorbidity treatment burden questionnaire:MTBQ)の日本語版(J-MTBQ)が開発された。
J-MTBQは、計量心理学的な妥当性・信頼性が検討されているものの、わが国の外来診療における臨床的な有効性については、今後の検証が必要である。ただし、高齢化が進むわが国において、こうした尺度を用いて患者の治療負担を可視化することは、多疾患併存患者の外来診療のあり方を大きく変える可能性がある。
さて、治療負担を軽減するためには、服薬スケジュールの簡素化や減薬、効果が不明瞭な治療の中止、アドヒアランスの確保が困難な治療の見直し、通院間隔や医療機関の選定・変更、さらには遠隔診療や訪問診療の導入など、多岐にわたるアプローチが求められる。これらの介入は、患者のアウトカムに影響を及ぼす可能性があるため、治療継続による利益と治療負担による不利益を総合的に評価した上で、適切な意思決定プロセスを経て、治療戦略を選択することが重要である。
また、高齢患者では患者を支える家族の理解や関与が不可欠となる場面も少なくなく、そうした場合には意思決定の過程がより複雑になるため、丁寧なコミュニケーションが不可欠になる。
高齢化社会を迎えたわが国の外来診療においては、患者の治療負担を考慮した診療の具体的な実践方法を確立していくことは、今まさに急がれる課題であると考える。
松村真司(松村医院院長)[治療負担]