医薬品や医療機器などの保険適用にあたって、費用対効果を考慮することを目的に、2019年から「費用対効果評価制度」が本格的に導入された。2025年9月26日の第72回中医協費用対効果評価専門部会において厚生労働省から報告された内容によると、2019年度の制度開始からこれまでに評価対象となった医薬品等は67品目。このうち、評価が終了したものは49品目、価格調整が行われたものは38品目であった。これら38品目の価格調整率の中央値は、−4.29%(四分位範囲−2.58%〜−8.07%)となっている。
これについて私見を述べれば、この6年間で価格調整に至ったのがわずか38品目。しかもその調整額も小さく、国民医療費全体に占める影響はごくわずかに過ぎない。
英国とは異なり、日本では費用対効果評価の結果を保険収載の可否判断には使わず、収載後の価格調整に活用している。つまり、医薬品や医療機器が保険収載され、アクセスが確保された上で、費用対効果に基づいて価格が調整される。この考え方自体には問題はない。むしろ問題は、制度の運用方法にあると感じられる。
評価の対象となるのは、市場規模が大きいものや、単価が特に高い医薬品や医療機器に限られており、対象範囲はかなり限定的だ。選定された各品目については、企業が行う分析に9カ月、その後、国立保健医療科学院が行う検証・再分析に3〜6カ月かかる。そして最終的に総合的な評価を経て、費用対効果が低いと判断された場合に価格が引き下げられる仕組みだ。お役所仕事の常と言うべきか、1品目ごとの評価プロセスに無駄が多く感じられるのは否めない。
実際、専門部会において委員の1人が、「費用対効果評価制度そのものの費用対効果を検討すべきだ」との趣旨の発言をしていたが、まさに的を射た指摘だろう。
この制度を巡っては、様々なステークホルダーが活発に意見を交わしているが、中には本質を外れたような議論も見受けられる。その1つが、「ICER(増分費用効果比)の不確実性」に関する話題だ。「総合的評価においては、不確実性の高いICERだけでなく、臨床や統計の専門家の意見も含めて、複数の要素を考慮すべきだ」という意見もあるが、それは既に現行制度においても行われている。もしも「不十分だ」と言うのなら、自らが考える「複数の要素」とやらを具体的に提示すべきである。
また、「費用対効果分析では評価しきれないイノベーションが存在する」と主張する人もいるが、そうした主張をするのであれば、費用対効果分析を超えるような評価手法を示すべきだろう。
そもそも、問題はICERそのものではない。問題の1つは、十分にデータを分析することができる人材が不足していることにある。近年は大規模リアルワールドデータが急速に整備されつつあり、臨床の実態を反映したデータ分析が可能になってきている。こうしたデータを分析することができる人材の育成が急務である。
本来、費用対効果分析を含む医療経済評価は、新薬に限らず、あらゆる医療サービスを対象として実施されるべきものである。「費用対効果評価制度」という限られた枠を超えて、今後は政府ではなくアカデミアが主体となって、医療経済評価の研究を進め、より多くのエビデンスを産出すべきではないだろうか。そして、そうした知見が診療ガイドラインにも反映され、医療経済の視点も加味した「根拠に基づく医療」が臨床現場で推進されることが理想である。
康永秀生(東京大学大学院医学系研究科臨床疫学・経済学教授)[経済学][費用対効果評価]