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【識者の眼】「夏のインフルエンザ─新たな悩みのはじまり」西村秀一

登録日: 2025.10.09 最終更新日: 2025.10.20

西村秀一 (独立行政法人国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター長)

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2025年の夏、日本各地でインフルエンザのアウトブレイクが報告された。

さらに、9月に入っても流行が続いているとの報道もみられる。メディアに登場する「専門家」は、「異例中の異例」といった大げさな物言いをし、猛暑によるエアコンの使用に伴う換気不足が原因だと解説する。しかし、これは、感染が広がった理由にはなっても、入り込んだ理由にはなっていない。

筆者は、インフルエンザとインバウンドの関係を指摘したい。そもそも、南半球は現在冬であり、インフルエンザが流行する季節である。また、高温多湿な熱帯地域では流行の波はあるものの、年間を通してインフルエンザ感染がみられる。加えて、インフルエンザは手指を介しての感染はほとんど起こらず、主に短距離でのエアロゾル感染によって広がる。

その性質をふまえて、夏の日本での感染状況について考える。インフルエンザウイルスは基本的に高温の空気中では活性を失うが、不活化されるまでには時間がかかる。逆にいえば短時間の伝播は成立する。すなわち、夏でもウイルスを排出する感染者との距離が近ければ、感染する。

だが、これまでの経験から、2025年の夏のような流行は起きなかった。エアコンの普及は何十年も前からある。要はインフルエンザの国外からの持ち込みが稀だったのである。「稀」という表現は、「まったくなかったわけではない」という意味を含んでいる。以前から、夏季におけるsporadic(散発的)な輸入感染によるインフルエンザのアウトブレイクは報告されていた。

話をインバウンドに戻す。現在のように、流行地域から人が大挙してやって来れば、当然ながらウイルスの持ち込みはある。近年の経済状況をふまえれば、この流れは今後も止まることはないだろう。そうなると、日本国内で「いつ、どこで」インフルエンザが発生してもおかしくないということになる。これからそれが常態化し、冬以外の季節にも、地域ならびに時間的にsporadicに、言い方を換えればゲリラ的に、流行が起きる可能性が高い。ひょんなときにひょんなところで孤立例が出てきてもおかしくない。行政やメディアには、ことが起こるたびにドタバタしないこと、医療機関は冷静な眼で1年中インフルエンザ患者の来院に注意しておくこと、が求められる。

こうなると悩ましいのは、ワクチン接種のタイミングと、ワクチン株の選択である。これまでのように「冬だけに流行がある」という前提が崩れ、勝手が違ってくる。「いつ、どのようなワクチンを提供すべきか」、行政担当者もきっと頭を悩ますことになるだろう。

ところで、インフルエンザワクチンの大きな目的の1つは、高齢者など健康的に弱い立場の者を守ることにある。最近、日本でもインフルエンザワクチン接種による発症予防効果について、若年者や健常者では高く、高齢者などでは低いとの報告があった。高齢者におけるワクチンについてのこの手の話は、20年以上前から報告されていて今更の感はあるが、こうした知見を再確認することは重要である。しかし、より大切なことは、それらをふまえて、これからのワクチンはどうあるべきかである。新たな悩みと古くからの課題が顕在化してきた、この夏であった。

西村秀一(独立行政法人国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター長)[感染症インフルエンザ

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